テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
194
3,593
4,294
めう💭🎀
59
緋八家の屋敷は、町の外れにある小高い丘の上に建っている。
大きな庭園に噴水、何十もの部屋を持つ豪華な屋敷。
誰もが憧れるような場所だったが、その主人である緋八マナにとっては退屈の塊だった。
「暇だなぁ……」
書斎のソファに寝転がりながら、マナは天井を見上げる。
朝食を食べて、本を読んで、勉強をして。
気づけば昼。
やることがない。
正確には、やるべきことはたくさんある。
だが、やりたいことがない。
「ライ」
呼ぶと、扉の向こうからすぐに返事が聞こえた。
「はい、マナ様」
数秒後、黒い執事服を身にまとった伊波ライが姿を現す。
背筋は真っ直ぐ。
表情は真面目。
今日も完璧な執事そのものだ。
「暇」
「先程もお聞きしました」
「暇」
「承知しております」
「暇なんだけど」
「私に言われましても」
即答だった。
マナは思わず吹き出す。
「ライって本当に真面目だよね」
「執事ですので」
「もっとこう……坊ちゃんを楽しませようとか思わない?」
「十分お楽しみになられているように見えますが」
「そう?」
「毎日私を困らせておりますので」
「それは楽しい」
「でしょうね」
ライがため息をつく。
その反応を見るのが好きだった。
だからつい、からかいたくなる。
「じゃあ命令」
「嫌な予感しかしません」
「僕を楽しませて」
「曖昧すぎます」
「なんとかして」
「無茶です」
「執事なのに?」
「執事は万能ではありません」
真顔。
マナは笑いながら机に突っ伏した。
するとライが近づいてくる。
「本日は午後から来客の予定もございません」
「うん」
「読書はいかがですか」
「飽きた」
「散歩は」
「昨日した」
「勉強は」
「却下」
「でしょうね」
ライは肩を落とした。
その様子が面白くて、マナはまた笑う。
するとライがじっと見てきた。
「……何?」
「楽しそうですね」
「まあ」
「ならばよかったです」
「え?」
「私は仕事を果たしましたので」
「ずる」
「何がでしょう」
「結局ライが面白いだけじゃん」
「不本意です」
そんなやり取りをしていると、マナはふと思いついた。
「ライ」
「はい」
「今から庭を一周してきて」
「庭園の見回りですか?」
「違う」
「では?」
「僕を抱えて」
ライの動きが止まった。
静寂。
数秒。
「……マナ様」
「なに?」
「お戯れはおやめください」
「命令だけど」
「却下です」
「命令なのに?」
「却下です」
珍しく二回言った。
マナはケラケラ笑う。
「そんなに嫌?」
「嫌ではなく問題があります」
「例えば?」
「屋敷の使用人に見られます」
「じゃあ裏庭」
「問題はそこではありません」
「じゃあ何?」
ライは口を開きかけて閉じた。
そして小さくため息をつく。
「……本当に困ったお方ですね」
「褒め言葉?」
「違います」
「じゃあ命令変更」
「なんでしょう」
「今日一日、僕のお願いを断っちゃダメ」
「それは命令ですか?」
「命令」
ライは頭を抱えたくなった。
だが主人の命令である以上、無視もできない。
「承知いたしました……」
「やった」
マナが嬉しそうに笑う。
その顔を見た瞬間、ライの表情が少しだけ柔らかくなった。
それを見逃さなかったマナは首を傾げる。
「なんか今笑った?」
「いいえ」
「絶対笑った」
「気のせいです」
「ふーん」
怪しい。
けれど追及しても認めないだろう。
だからマナは別の話題を振った。
「そういえばライ」
「はい」
「今日は護衛の仕事ないの?」
「あります」
「今?」
「今です」
「え?」
ライは一歩近づく。
そして。
軽くマナの額を指で弾いた。
「痛っ」
「退屈な坊ちゃんが勝手なことをしないよう見張る仕事です」
「何それ」
「重要任務です」
「聞いたことない」
「本日制定されました」
「今作ったでしょ」
二人はしばらく見つめ合う。
そして先に笑ったのはマナだった。
「ライってさ」
「はい」
「二人きりの時、たまに変だよね」
ライの肩がぴくりと動く。
「変とは」
「執事っぽくない」
「そのようなことは」
「ある」
マナは断言した。
普段は完璧な執事。
敬語も立ち振る舞いも非の打ち所がない。
けれど二人きりになると、時々距離が近い。
時々表情が柔らかい。
そして、ごくたまに。
「……気のせいだろ」
タメ語になる。
マナは目を丸くした。
ライも「あ」と固まる。
数秒後。
「失礼いたしました」
何事もなかったかのように敬語へ戻る。
しかしマナは笑いを堪えきれなかった。
「今タメ語だった!」
「気のせいです」
「絶対だった!」
「証拠がありません」
「あるもん!」
ライはわずかに耳を赤くしながら視線を逸らした。
その反応が珍しくて。
マナは少しだけ嬉しくなった。
退屈だったはずの午後。
けれど気づけば、ずっと笑っている。
たぶん理由は一つだ。
真面目で不器用で、少しだけずるい執事が隣にいるから。
「ライ」
「はい」
「明日も暇だったら遊んで」
ライは小さく微笑んだ。
「かしこまりました、マナ様」
その笑顔を見た瞬間。
なぜだかマナの胸が少しだけ騒いだのだった。
コメント
1件
え〜〜〜!これめっちゃエモいやつじゃん!!😭💕 第1話からもう尊い…! 「暇だな」って駄々こねる坊ちゃん×「却下です」って即答する執事ライの関係性が最高すぎる… 最後のタメ語バレと、ライの小さな笑顔で胸が騒ぐの、完全に恋の予感じゃない?!😳💘 次が気になりすぎるよ〜!!