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影の手が、
姫子の指先に触れようとした瞬間──
「姫子ちゃん、だめ!」
森の静けさを破るように、
きのこちゃんの声が響いた。
姫子は驚いて振り返る。
きのこちゃんは、
いつもの軽い雰囲気とは違っていた。
走ってきたのか、
肩が小さく上下している。
「きのこちゃん……?」
きのこちゃんは姫子の腕を掴んだ。
その手は小さいのに、
驚くほど強かった。
「触れちゃだめ。
本当に、だめなんだよ」
姫子は影を見た。
影は動かない。
ただ、姫子を見つめている。
「どうして……?
あの人は、私を呼んだのに」
きのこちゃんは首を振った。
「呼んだのは“影”だよ。
森川さんじゃない」
「でも……声がした。
“会いたかった”って」
きのこちゃんは一瞬、言葉を失った。
その沈黙が、逆に重かった。
「……それが、いちばん危ないの」
姫子は息を呑む。
「危ない……?」
きのこちゃんは姫子の手を握り直した。
その目は、いつもよりずっと真剣だった。
「姫子ちゃんは選ばなきゃいけない。
“影”に近づくか、現実に戻るか」
「選ぶ……?」
「影はね、森川さんの“心そのもの”なんだよ。
姫子ちゃんが触れたら、
あの人の心に深く入り込む。
でも、それは同時に──」
言葉が途切れる。
きのこちゃんは唇を噛んだ。
姫子は静かに待った。
森の空気が、
二人の間で重く沈む。
やがて、きのこちゃんは言った。
「姫子ちゃん自身も、戻れなくなる」
姫子の胸が震えた。
「……戻れないって、どこに?」
「夢と現実の境目が、
姫子ちゃんの中で曖昧になるの。
影に触れたら、
姫子ちゃんは“あっち側”に引き寄せられる」
姫子は影を見た。
影は静かに立っている。
何も言わない。
でも、その沈黙が呼んでいる。
「……どうすればいいの?」
きのこちゃんは姫子の手を離した。
その代わりに、
姫子の肩にそっと触れた。
「次に影が手を伸ばしたとき、
姫子ちゃんがどう動くかで決まるよ」
姫子は影を見つめた。
影は、
まるで姫子の答えを待っているようだった。
胸の奥が、
静かに、深く脈を打つ。
(……選ばなきゃいけない)
森の空気が揺れた。
影の輪郭が、
光の中でふっと震えた。
姫子は息を吸った。