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「いつつつつぅぅ……」


オレはローテーブルの前に片膝を着いて座り、百均で買ったと思われる卓上ミラーでズキズキと痛む左の頬を確認していた。

そう、左の頬と言えば昨日、グラサンにバットで殴られたトコと同じ場所だ。


ったく、まだ完全に腫れも引いていねぇのに……


コレがもし学園モノの少女マンガの中なら、殴られるのも納得しよう。むしろ、それはお約束であり王道だ。


しかし、|二十歳《ハタチ》過ぎた元ヤン女が裸見られて、相手を殴るとか――しかも正拳突きとか。これがマンガだったら、読者にドン引きされるぞ。


「はいっ、冷えピタ……」


とりあえず、量販店辺りで買ったような、安っぽいピンクのスエットに着替えた千歳。

テーブルを挟んだ反対側から冷えピタを放り投げてよこすと、ドスンっと腰を下ろし不機嫌そうにオレの顔を睨みつける。


「つーか、いい年こいて、裸見られたくらいで人を殴るか、普通ぅ? しかも正拳突きで?」

「うるさい、黙れ変態っ!」

「変態ゆーなっ、この露出狂っ!」

「ああっ!?」

「あぁっ!!」


ローテーブル越しに顔を突き出し睨み合う――とゆうかガンを飛ばし合うオレ達。


てか、その粗末な胸を見られたくないんだったら、着替えくらい持って風呂に行けっ! この上げ底女がっ!!


そんな事を思いながらオレはテーブルの上の冷えピタを手に取ると、左の頬へ無造作に貼り付けた。


「でっ? コレはどういう事?」


オレが冷えピタを貼り終えるのを確認すると同時に、千歳はテーブルの上に置かれたケント紙をバンっと叩いた。


どういう事とか言われてもなぁ……


「黙ってないで、なんとか言いなさいよっ!」


黙れつったり、言えつったり忙しいヤツだな、オイ。


オレは眉を顰めながら、千歳の手のひらの下にあるB4サイズのケント紙へと目を落とした。

さて、なんと説明したら良いものか……


「お前さぁ……豊田まことって知ってるか……?」



※※ ※※ ※※



「ただいま戻りましたっ」


夜の帳もすっかり落ち切り、そこから更に数時間。会社帰りのサラリーマンが同僚と一杯引っ掛けて、そろそろ帰路へと着き始めるこの時間。


そんな時間にも関わらず、吉田雅子はまるでたった今出勤して来たばかりかのように、髪を綺麗にまとめ、タイトなスーツをビシッと着こなして月刊少女マリン編集部への扉をくぐった。


「おうっ、外回りご苦労さん」


そんな雅子に声を返したのは、ゴスロリ服を纏った小柄な女性。編集長の北都明菜であった。

というよりも、部屋にはもう彼女しか残っておらず、他に返事を返せる人間がいないのだ。


「編集長? まだ残っていたんですか?」

「ん? ああ……私物を整理してたら、こんなのが出て来てな。読み始めたら、止まらなくなった」


ニカッと笑顔を見せる明菜の前には、パンフレットの様な薄い本が積み重なっていた。

通常の出版ルートとは別。主に即売会や専門の書店で委託販売されている本。いわゆる同人誌である。


「仕事が終わったのなら、なるべく早く帰って下さい。中学生と間違えられて補導された編集長を引き取りに行くのは、もう御免ですから」


とても編集部最年長とは思えない、小柄で幼い容姿――しかも身に着けているのはゴスロリ服。


一見すると、中学生だと言われても全く違和感がない。


「ハハハッ! 心配ない、心配ない。もう何度も補導されてるからな。あそこの交番で私を知らないのは、新人くらいのモノだ」


雅子の心配をあっけらかんと笑い飛ばし、明菜はすっかり冷めたコーヒーに口を付けると、再び同人誌へと目を落とした。


その様子に雅子は肩をすくめながら、ため息をつく。


「それで? 何をそんな熱心に読んでいるんですか?」


雅子は肩に掛けていたセカンドバッグを自分のデスクに置くと、そのデスクより一回り大きい明菜のデスクへと足を向けた。


「|フラッシュ☆ガールズ《フラガ》……ああ、豊田まこと氏の二次創作ですか」


明菜の後ろから覗き込む形で、薄い本の中へ目を落とす雅子。

そこにはマリンの看板マンガの一つ『フラッシュ☆ガールズ』のキャクター達が、イキイキと描かれている。

そう、フラッシュ☆ガールズの二次創作本である。


二次創作とは、既存の作品に登場するキャクターや設定を利用して独自のストーリーを描いたマンガや小説などの創作物。


コミケなどで『頒布』されている同人誌のほとんどが、この二次創作本である。余談ではあるけど、更にその同人誌のほとんどが十八禁作品でもある。


ちなみに頒布とは、有償無償を問わず不特定多数の相手に配る事を指す。

同人誌を扱うコミケなどは『商行為の場ではなく、あくまで非営利にして趣味の集い。作り手と読み手は同じ立場の参加者であり、一方的な客という者は存在しない』という概念から、販売という言葉は使わずに、頒布という言葉を使うのが習わしとなっている。


――と、まあ色々と理由付けをしてはいるが、実際は二次創作最大のグレーゾーンである、著作権侵害からくる後ろめたさというのが本音であろう。


確かに既存の作品を営利目的で二次利用する場合、そこには著作権と言う壁が立ち塞がる。権利側である出版社が訴訟を起こせば、まず負けるという事はないだろう。


しかし、実際に同人誌に対して訴訟を起こした例はほとんどなく、明菜や雅子にしても訴訟を起こす気などサラサラない。

仮に訴訟を起こしたとしても損害賠償は民法上、実損害分しか賠償されず、訴訟費用を考えたら完全に赤字なのだ。


何より同人活動というのは、原作への好感からくるファン活動の一環であり、更には同人誌の存在が原作の人気底上げにもなっている事も否定出来ない事実なのである。


「豊田まこと氏――やはりクオリティ高いですね……」


明菜がページを捲ると同時に、雅子の口からそんな言葉が漏れる。


その、本に落とす雅子の目は、まるで原稿をチェックする編集者の目になっていた。


「ああ――表情の見せ方も上手いし、話の構成も良く出来ている。まあ多少、自分の得意なアングルの構図に偏り気味だがな」

「それは仕方ないでしょう。同人は担当編集が付いている訳でもなく、全て個人で作る趣味の創作物ですから。わざわざ苦手なアングルなどは描かないですよ。ですが、全体的なレベルは、今すぐにでも商用としてやっていけるレベルです」


明菜が更に次へとページを捲ると、雅子はそこに描かれていた内容に心の中で唸った。

明菜の言う通り、表情の見せ方や丁寧で繊細なタッチは、本家である長与千歳こと工藤愛先生に引けを取らない――いや、瓜二つと言っても過言ではない。


ちなみに、|件《くだん》の豊田まこととは、編集部でちょっとした有名人だったりするのだ。


マリンの看板マンガの一つである、フラッシュ☆ガールズの二次創作を数多く手掛ける同人作家。

十八禁モノに転換される事の多い同人誌において、純粋なifストーリーやサイドストーリーのみを描く希少な作家。


通常、同人作家は既存の作品のキャクターを、自分のタッチに直して描くものである。しかし、この豊田|某《なにがし》は、本家である工藤愛のタッチに寄せて描いているのだ。


しかも、その寄せ方が尋常ではない。工藤愛の担当編集であった堀川歩美ですら、二人のタッチの見分けがつかないと言うから驚きだ。


そして、今ここで真剣な表情を浮かべ同人誌を見下ろす雅子でさえ、この作品は工藤愛本人が描いたモノだと言われれば、なんの疑いもなく信じてしまうだろう。


そんな豊田まこと氏。件の人物が、編集部で有名な理由がもう一つある。

それは、豊田まこと氏のプロフィールが、一切謎に包まれているという点。


同人誌最大の頒布場所である即売会には決して顔を出さず、作品の頒布は同人誌専門店での委託販売のみ。


更には、当人のブログも無ければSNSもない。然るに、豊田某が男か女かすらも分かっていないのだ。


そんな状況であれば当然出てくるのが、工藤愛と豊田まことの同一人物説。

その件に関しての問い合わせが編集部へ殺到した事により、月刊少女マリン公式ホームページ上へ二人が別人であると発表するまでの騒ぎになったのだ。


しかし、それでもまだネット上では、二人の同一人物説が根強く残っているのが現状である。


そんな経緯もあり、マリン編集部で豊田まことの名を知らぬ者はいなくなったのだ。


「そういえば……豊田まこと氏はここ最近、新刊を発表してませんね」

「んん~っ? フフフン……就職でもしたんじゃないか?」


雅子の言葉に本から顔を上げる事なく、笑みを浮かべながら答える明菜。


その笑顔に、雅子は若干の引っ掛かりを覚えた。

確かに現在開いているページは笑いを誘うシーンではあるが、明菜の笑みはそれとは別の何か意味ありげな笑みに見えたのだ。


まるで、喉に魚の小骨が引っ掛かっている様な違和感を抱えたまま、何事もない風を装い、話しを続ける雅子。


「就職ですか……? それならまず、是非|マリン編集部《ウチ》へ面接に来て欲しかったですね」

「ん? 工藤先生のゴーストとしてか?」


冗談めかした明菜の返しに、雅子は肩を竦めた。


「フフフ、まさか――それに優等生の工藤先生にゴーストは必要ないでしょう。まあ、富樫先生のゴーストなら欲しいですけど…………ホントに、マジで、切実に……」


自分で言った自虐的な冗談に、自分でダメージを受けガックリと肩を落とし、ため息をつく雅子。


ちなみに、この場合の『ゴースト』とは、いわゆるゴーストライター。代筆者の事である。

実際に大御所と呼ばれる漫画家の中には、自分で原稿を描かずに、全てをアシスタントに描かせている者も少なからず存在するのが実情だ。


「とはいえ、富樫先生はタッチが独特な上に天才肌だからなぁ……あのタッチを真似出来るヤツなんて、まずいないだろう」

「そうなんですよね……」


明菜の突き付けた現実に、雅子は更に肩を落とす。


「しかし、まあ……豊田まこと氏に話を戻しますけど、これだけのスキルがあるなら、ウチへ面接に来れば担当編集としてでもプロアシとしてでも、一も二もなく採用でしたのに」

「くくくくくっ……そうだな、確かにその通り。一も二もなく採用だ」


雅子のその言葉に、明菜は嬉しそうな笑みを浮かべて同調する。


しかし雅子は、その笑みに先程感じた違和感が更に強くなった。


「編集長……私、何か変な事を言いましたか?」

「い、いいや~、言ってない。お前さんの言った事は、まったくの正論だ。くくくっ……」

「それにしては、含みのある笑い方ですね?」

「いや、これは――このオチは何度読んでも秀逸だと思ってな」


そう言って、手にしていた同人誌を指差す明菜。

ちょうど最終ページでハッピーエンドのシーン。確かに良く纏まっていて、ほっこりと笑顔がこぼれるシーンではある。


だが、しかし……


雅子には明菜の見せた笑顔が、この話を読んで出る笑顔と同質のモノとは思えなかった。


「さてっ、キリもいいし、時間もちょうどシンデレラが帰る時間だ」


明菜が見上げた先にあった壁掛け時計は、ちょうど長針と短針が|頂上《てっぺん》で重なろうとしていた。


「私は牛丼を食ってから帰るが、雅子はどうする? 一枚で二名様までの、特盛り百円引き券があるが?」

「奇遇ですね。私も一枚で二名様までの、豚汁五十円引き券がありますよ」


口元に笑みを浮かべながら、お互い懐から割引券を取り出す二人。


深夜の牛丼屋に、いかにもキャリアウーマン風の美女と見た目が中学生くらいに見えるゴスロリ美女が並んで牛丼特盛り豚汁付きを食べる光景は、さぞシュールであろう。


「じゃあ、灰かぶり姫の魔法が解ける前に、向かうとするか?」

「そうですね。カボチャの馬車はありませんけど」


手早く帰り支度を済ませ、意気揚々と会社をあとにする二人。


向かう場所は、とてもガラスの靴などが似合う場所ではないけれど……


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