「お前さぁ……豊田まことって知ってるか……?」
トモくんの口から出た問いに、私は眉を顰めた。
豊田まこと――
私は、その名前を知っていた。
前担当の歩美さんかの口から何度も出た言葉だし、ネットで何度も見た名前だ。
問いの答えを待つ様に押し黙るトモくん。私は訝しげに思いながらも、その問いに口を開いた。
「え、ええ……知ってるわよ……私の同人を描いてる人でしょ? 絵のタッチが私にそっくりな人」
「ああ……」
「歩美さんから、さんざん確認されたもの――豊田まことさんと私が実は同一人物じゃないのか? って。担当だった歩美さんでも、その人のタッチと私のタッチの見分けがつかないって言ってたし」
「へぇ~、歩美さんでもか……なら上手く行くかな……?」
私の答えに、一人で納得しているトモくん。
ちなみに歩美さんの話では、編集部チーフの吉田雅子さんでも見分けがつかないらしい。
「ちなみに、お前は豊田まことを、どう思ってる?」
「どうって……」
質問の意図が、今ひとつ理解出来ない。
てゆうか、質問していたのは私のはずなのに、何で私ばかり答えてるんだろう……?
くっ……コレが惚れた弱みと言うやつか?
そんな事を思いながら、私なりの答えてを口にして行く。
「確かに、私とそっくりなタッチよね? 本人の私でも区別つかないし……それに、私の作品をよく読み込んでいると思う。私が描きたくても進捗の都合で描けなかった部分とか、本編で足りなかった部分を、サイドストーリーでいい感じに補完してくれていたし……そうゆう意味では感謝してるかな?」
事実、豊田まことさんが私の同人を描くようになってから、相乗効果でコッチの人気も上がったワケだし。
「フッ……そうか、感謝かぁ?」
私の答えを聞いたトモくんは、嬉しそうに、そして満足そうに頷いている。
何なんだろ、いったい……?
「まあ、オレに感謝してるってゆーなら、今すぐプレモルと特上寿司を献上させてやってもいいぞ」
「はあぁっ? アンタ、バカァ? 何で私がアンタに感謝しなくちゃイケないのよ? それより、まだコッチの質問に答えて貰ってないんだけどっ」
いくら惚れた弱みとはいえ、私ばかり答えているのは不公平だ。
そんな思いを込めて、非難の視線を送る私。対してトモくんは、眉を顰め訝しげな視線を返して来る。
「いや、バカはお前だろ? てか、もうお前の質問にも答えたろうが?」
「どこがよっ!? 私が聞きたいのは、この描きかけの原稿について………………よ?」
テーブルの上に置かれた一枚のケント紙。私はそれをバンバンと叩きながら抗議の声をあげていたが……
あれ? ち、ちょっと待って……?
私はもう一度、そのケント紙に目を落とした。
描きかけの原稿……ヒロインの千菜乃が、想い人の充流と電車に並んで座り、遊園地へと出かけるシーン。
まだ半分ほどしかペン入れが終わっておらず、背景はおろか|黒塗《ベタ》りも|スクリーントーン《トーン》の指定も終わっていない原稿。
作者である私の部屋に原稿が有ること自体は、何ら不思議ではない。不思議なのは、そのシーンが今日の昼間にネームをおこしたばかりで、私はペン入れどころか下描きすらしていないはず。
なのに、このペン入れのタッチはどう見ても私のモノ――いや、私のモノと見分けが付かない……
この原稿が未来からタイムスリップして来たのでないとするならば、コレを描いたのはトモくんという事になる。
そして、そのトモくんから出た、豊田まことと言う同人作家の名前……
……
…………
………………
「え、え~とぉ……つかぬ事をお伺い致しますが……」
「何だ?」
「豊田まこと氏というのは、もしかして……?」
「ああ、オレだ」
………………
…………
……
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?」
時刻表はもうすっかり、深夜と呼べる時間帯。あと30分もすればシンデレラの魔法が解ける頃。
上野発、東北本線通勤快速の終着駅から徒歩五分の場所に建つ、1LDKの賃貸マンション9階の角部屋『901号室』に、私の絶叫が響き渡った。