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「…おはよう。」

「…おはよ。」

「…寝すぎた。」

「…おれも。」


夏休み初日。

前日、先に布団に潜り込んだ涼ちゃんを横目に、夜遅くまで若井とゲームで盛り上がっていたせいで、目が覚めたのはすっかりお昼前だった。


いつもの温もりがひとつ足りなくて、薄目を開けたまま、思わず右手でシーツを探ってしまう。

けれど、そこには何もなくて。

代わりに、リビングの方からカタッとグラスが置かれる小さな音が聞こえてきた。


まだ眠そうにぼくにまとわりつく若井をどうにか引き剥がしながら起き上がり、寝汗でしっとりした髪をガシガシとかき上げながら視線をやる。

すると、いつもの一人掛けソファーでノートを広げ、真剣にペンを走らせている涼ちゃんの姿が目に入った。




「…涼ちゃん、勉強してるの?」


まだ寝起きの声で問いかけると、ソファーに腰をかけていた涼ちゃんがペンを止めて、ゆったり顔を上げた。




「ん?あ、元貴。うん、あと二週間で院試だからねぇ。」


窓から差し込む真夏の光に照らされたノートの白さと、ペン先の動き。

夏休み初日ののんびりした空気の中で、その姿だけはきりっとして見えた。


涼ちゃんが頑張っている中、のんびり寝ていた自分が少し恥ずかしかった。

同時に、真剣にノートに向かうその横顔が、やけに大人に見えてーー

いつもより少しだけ遠くに感じてしまう。


胸の奥がきゅっとして、理由の分からない寂しさがそっと広がった。


邪魔したら悪いとは思いながらも、ぼくは静かに涼ちゃんの傍まで歩いていくと、涼ちゃんは声を掛けてくれた。




「どうしたの〜?」

「…ぎゅってしてもいい?」


問いかけると、涼ちゃんは一瞬目を細めてからにっこり笑った。




「嬉し〜。ぎゅうしてくれるの〜?」


膝に置いてあったクッションとノートを横に退け、ぽんぽんと自分の太ももを叩く。

その誘いに素直に乗って膝の上に跨ると、涼ちゃんの腕がゆっくりぼくの背に回って、ぎゅっと抱きしめてくれた。

外の蒸し暑さとは違う、じんわりとした安心感が胸に広がっていく。




「おはよぉ。お寝坊さん。」

「おはよう。ごめんね、涼ちゃん頑張ってるのに。」

「いいんだよ。二人は夏休み満喫しなきゃ。」


涼ちゃんの声は相変わらず柔らかくて、耳に触れる度に心がホッとする。

布団の中でまだ寝返りを打ちながらうとうとする若井の姿が目に入り、思わずくすりと笑ってしまった。

三人の時間はそれぞれゆっくりと流れていく。




「院試が終わったら一緒に夏休みしようね。」

「うんっ。そうだねぇ。今年の夏は何しよっか。」

「んーとね、お祭り行きたい!あ、あと花火やりたいっ。あとはーー」

「いいねぇ。でも…」


「三人だったら何しても楽しそうだよねえ。」

「三人だったら何しても楽しそうだよねぇ。」


声が重なって、思わず顔を見合わせて笑う。

ただそれだけで、夏の始まりが少し特別なものに変わっていく気がした。


――この先も、三人で。

そんな未来が自然に思い描けて、胸の奥があったかくなる瞬間だった。




・・・




「ねむ…。」

「若井、寝すぎだから。」

「ほらほら、元貴が用意してくれたんだから早く食べよ〜。」


「「「いただきまーすっ。」」」


勉強を頑張っている涼ちゃんの代わりに、今日のお昼はぼくが用意した。

……といっても、ただ素麺を茹でただけなんだけど。




「うまー!」

「ただ寝てただけの人が1番食べるじゃん。」

「ふふっ。僕も沢山食べよーと!」


さっきまで眠そうにしていたくせに、若井は大きな口で元気よく素麺を啜っていく。

その様子に思わず笑いながら、ぼくは夏休みの予定を尋ねてみた。




「若井、夏休みの予定はー?」

「んー、基本は日雇いのバイトかなぁ。サークルの先輩に色々紹介してもらったんだよね。あとは、サークルの合宿もある!」

「そうなんだ。…涼ちゃんは勉強があるし、予定がないのはぼくだけか。」


ふと、去年の夏休みを思い出す。

レジャープールで三人一緒にアルバイトをしたあの夏。

…嫌なこともあったけど、そのおかげで三人の絆がぐっと深まったし、ウォータースライダーで大騒ぎしたのも楽しかった。

でも今年は、同じ時間を過ごすことが減ってしまうんだな――そう思うと、少し胸が寂しくなる。


そんなぼくの気持ちを察したのか、若井がぼくの髪をくしゃっと撫でてきた。




「ま、毎日バイトな訳じゃないし、元貴とも沢山遊ぶけどねっ。」

「僕も〜。院試が終わった沢山遊ぶよ!今年もいっぱい夏の思い出作ろうね?」


二人の声に、胸の中の寂しさはふっと和らいでいく。

どんな夏だって、この三人なら素敵な夏になる。

そう思えた瞬間、素麺の味まで少し特別に感じられた。




・・・




「ぼくもなんかバイトしようかなあー。」


お昼を食べ終わったあとは、涼ちゃんに習いぼくと若井も夏休みの課題に手を付けていた。

パソコンのキーボードを鳴らしながら、ふと呟く。




「え?元貴もバイトしたいの?」

「うん…。だって二人ともなんか頑張ってるのに、ぼくだけ何もしないのも、なんかさ…。」


ぼんやり画面を見つめながら言ったぼくに、『それならさ…』と若井が反応を示した。




「前に、クリスマスん時に働かせて貰ったケーキ屋さんはどう?」

「え?あのケーキ屋さん?」


クリスマスの時に二日間だけ働かせて貰った、若井のサークルの先輩の親御さんが営んでいるケーキ屋さん。

凄く忙しかったけど、お店の人達も優しくて、バイト終わりには、『頑張ってくれたから』とバイト代とは別にケーキまで貰ってしまい、いい思い出しかない。




「うん。実は、先輩からバイト入れないか聞かれてたんだけど、日雇いの方が給料良かったし、断っちゃってたんだよね。もし、まだ募集してるようだったら聞いてみようか?」

「ほんとに?!働きたい!」



声が少し大きくなって、思わず恥ずかしくなる。

でも、一度働いたことのある場所なら安心だし――今年の夏、ひとりでもちゃんと頑張ってみたい。




「おっけ。じゃあ、ちょっと聞いてみるね。 」


若井はそう言ってスマホをタップし、耳に当てた。

静かなリビングに、微かにコール音が響く。

ぼくは緊張でじっと息を詰めてしまい、気づけば手のひらに汗がにじんでいた。




「あっ、お疲れ様です。先輩、この前のバイトの件なんですけどーー」


明るい声色で話し始める若井の横顔を、ぼくは固唾を呑んで見守る。

涼ちゃんは、ふふっと小さく笑って『大丈夫だよ』って口パクで伝えてくれた。




「えっとですね、前にクリスマスに短期で入ってた元貴って覚えてます?……あ、はい!そうそう、その元貴です!」


若井がちらっとこちらを見てニッと笑う。

ぼくの胸の鼓動はさらに速くなる。




「実は本人がまたバイトしたいって言ってて……まだ募集してたりしますか?」


短い沈黙のあと、若井の顔がパッと明るくなる。




「まじっすか!いやー、ありがとうございます!元貴も喜びます!」


そう言って、若井は楽しそうに笑った。

受話器の向こうの声は聞こえないけれど、その表情だけで結果は分かった。


通話を切った若井が、すぐにこちらを振り返る。




「元貴、オッケーだって!いつからでも来ていいって!」

「…ほんと?!やったぁ!」


声が弾んだぼくを見て、涼ちゃんがにっこり笑いながらテーブル越しにぼくの頭をポンポンと撫でてきた。


「良かったねぇ。トナカイさん似合ってたもんね〜。」

「ちょ、今回はクリスマスじゃないからトナカイ関係ないし!」


思わず抗議すると、ぼくと涼ちゃんのやり取りを聞いてた若井はけらけらと笑った。




「トナカイの元貴も可愛かったけど、なんか楽しかったよね。あの時。」

「うん。忙しかったけど、ヘトヘトになって帰ってきて、三人で食べたケーキ、すっごく美味しかったなぁ。」

「そうそう!あれご褒美感あったよねっ。」


思い出話に花を咲かせながら、自然と三人の笑い声が重なった。

今年の夏も、きっと特別な思い出が増えていくんだろうな。

そんな予感が、胸の奥でじんわり広がっていった。




・・・




夕方、少し陽が傾き始めたリビング。

窓から吹き込む風が、カーテンをふわりと揺らす。


「……うぅ、もう無理。数字見すぎて頭痛ぇ。」


若井がワークシートに顔を伏せて呻くと、涼ちゃんが笑いながらパタンと問題集を閉じた。


「休憩しよっか。アイス食べよ〜。元貴もいる?」

「食べる!」


ぼくが即答すると、若井も『じゃあおれも!』と元気よく手を挙げた。

結局三人分のアイスを並べて、ソファーに並んで腰を下ろす。




「んーーっ、夏はやっぱこれだねえ!」

「ほんと、涼しくなるねぇ。」

「ねー、涼ちゃんのアイス一口ちょうだい。」

「でたぁ、若井の一口ちょうだい攻撃!」


そんな他愛ないやりとりをしながら、冷たい甘さを口に含む。

ただそれだけの時間なのに、不思議と心が満たされていく。


アイスを食べ終えると、若井はごろりと床に寝転び、ぼくの膝を枕にした。

涼ちゃんはまた問題集に目を落とすけど、その横顔はどこか穏やかで。


ぼくは膝の上でスースー寝息を立てる若井の髪を、無意識に指で梳いていた。




ぼく達の夏休みはまだ始まったばかりーー

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