テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「(荷物が動いた…??)」
荷物番をしながら樺太に到着するのを待つ彼女.着いたところで,動いた荷物の正体はチカパシとリュウだったことが判明.
「(フレップワイン,元の世界に帰ったら買う.)」
とついでのついでに注いでもらったフレップワイン片手に,鯉登少尉と杉元の殴り合いを眺め.
「(私が放り出されなくて良かった….)」
とクズリから命からがら逃げきった橇の上で安堵し,樺太上陸初日は事なきを得た.
翌日,聞き込みから戻ってくる4人を待ちながら英語交じりに3人でお喋りロシア人と話していたら,犬を盗られてしまっていたことに気づいた.
「すみません,私の不注意でこんなことに.」
「この村は,そういうことを平気でする奴らばかりだ.俺も念を押して注意するよう言うべきだった.」
「ほんとにすみません.」
「もう良い大丈夫だ.あんな賭け,勝ってすぐ取り返してくるから,あの2人は任せたぞ.」
「はい.分かりました.」
少しだけ月島の表情が優しくなった気がして,彼女の声に自ずと明るさが戻った.
「(このまま帰れないなんてことないよね….)」
ひと悶着のあと,許しをもらって入ったバーニャ小屋の中でつい不安におそわれる.まさか自分が時代を超えて,屈強な軍人たちとサバイバルをしているのが信じられなくて.置かれている現状を見失いそうになりそうで恐い.
「(だめ,のぼせる.)」
鼻歌まじりにドアを開けて,十分に温まった体を夜風にさらす.
「もういいのか.」
壁づたいに月島が声をかける.
「あ,はい!!もう大丈夫です!!すぐ服着ますね.」
月明かり照らす雪道を歩きながら.
「このまま元の世界に戻れなかったら,どうするんだ.」
「どうしましょうか….でも絶対戻れますよ,大丈夫.」
「どうしてそこまで言い切れる??」
「永遠なんて無いから.私はこの世界のはみ出し者,そんなものがいつまでもここに居ていいわけないんです.」
「永遠か.」
「永遠があるって信じますか.」
「信じてない.信じただけ失うものが多いからな.」
と言う月島の背中から物悲しさが漂う.
「あの歌,あまり良い意味ではない気がするな.」
「鋭いですね.おっしゃる通りです. 」
「なんでそんな歌を歌った. 」
「そうですね…真っ向から否定しない,詩のような歌詞にこめられた意味を自分なりに考えるのが好きだからです.」
「それで,どんな風に考えた??」
「誰がどう世界を支配するかで平和かそうじゃないか左右される.私が存在している世界がたまたま平和なのかもしれないし,平和な世界でなかったとしても生を受けたなら生きないけない.たとえどんな手を使ってでも….」
「意外としっかりしてるんだな.ちょっとは見直した.」
そんな会話をしたこの日から,2人の距離は一層縮まった.
大泊での杉元一行の逃走劇のあと,鶴見中尉と2人きりで話す機会があった彼女.
「樺太の旅は,さぞ不便な思いをしたんじゃないかね.」
「もうほんとに不便でした.でも,歴史的に 有名な樺太に足を踏み入れることが出来て感動しました.」
なんて他愛ない話をした最後に.
「君はこの争奪戦の行方をどうみるかね.」
鶴見の言葉に退出しようとした足が止まる.
「そうですね….誰が手にしたとしても,未来の北海道は魅力的な場所であることには間違いないです.」
「そうか.話せて楽しかったよ」
微笑んで部屋を出る彼女を見て,鶴見はなにかを悟ったようだった.
「(元の世界に帰る瞬間ってどんなだろう.やっぱりアニメみたく光に包まれて消えるのかな.)」
と来るべき日のことを妄想しながらまた窓の外を眺める日が続き,ついに大きく事が動き出した.
「トリップしてなかったら次の日行く予定してたんだよなぁ….」
と待機を命じられた建物からビール工事を眺めること数時間,うたた寝している彼女に近づく誰か.
「!?」
彼女が気づいた時には,身体中を痛みが駆け巡っていて.
「金塊の在りかが分かった.君も連れていくべきかと思ったが,やはり我々の計画の中に異分子である君を入れるべきではないと思ってね.もっと早くにこうしておくべきだった.」
とピストル片手に鶴見が言い終える頃には彼女の身体は消えはじめていて.
「ッ!!こんな消え方は想像してなかったけど,まぁいっか….」
発砲音を聞きつけた月島が酷く驚いている様子が確認できる.
「さよなら月島さん.樺太の旅楽しかったです.中尉殿も幸運を….」
痛みを堪えるのが難しくなって目をきつく瞑った.
「…戻った!!」
目を開くと,自動車が走るコンクリートの町並みが移る.かくして彼女はトリップする寸前の場所に戻れたのだった.
一方海に沈み行く鶴見の脳裏をよぎるあの歌.
All for freedom and for pleasure
Nothing ever lasts forever
Everybody wants to rule the world
「(皮肉にも歌の通りになるとは….)」
思わず口ずさむ歌詞の意味は全部分かっていた.それでもしばらく側に置いた.彼女の存在が力になるかもと,このまま帰さないでおこうかとも思った.
でも止めた.彼女をきっかけに新たな火種が生まれるのが厄介だから.
あの娘に感化されるほど弱くなってしまったのかと思うのち,このまま助かるまいと海に身を委ねることにしたのだった.