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触れた魔水晶から創られる、飛空艇をうっすらと覆う膜が冷たい風を遮断して内部の温度をわずかに上昇させる。ヒルデガルドの細やかな調整に、傍で見ていたクレイグが感嘆の声をあげた。ゴールドランクとなれば魔導師もまたひとつ違うのだな、と。
「すごいですね……。ヒルデガルドさんには簡単でしたか?」
「ああ。まあ、慣れれば誰でもできるさ」
「うーん……。ははっ、俺には無理そうですけど」
少し考えてから、彼は涼やかにそう言った。
「俺も昔は魔導師を目指したことがあるんですが、なにしろ魔力放出の調整というのが不得意でして。だから、これも触るのに躊躇があったんです。これで他の仲間たちも快適に仕事ができると思うと、感謝の気持ちでいっぱいです」
ヒルデガルドは礼を言われて、不思議に首を傾げた。
「君はいつでも自分は二の次だな。仲間想いなのはいいことだが」
「俺も、昔は自分本位の考え方をしてましたよ。師を持つまではね」
クレイグはやんわり首を横に振って、過去を思い返す。
「大賢者様が世界を救う以前は、傭兵をやってたんです。もともと孤児で仕事もなくて、冒険者としての身元を保証してくれる人もいませんでしたから。名前すら持ってなくて、クレイグという名は師匠がくれました」
彼が自らの師と出会ったのは戦場だ。相手は老兵だったが腕の立つ男で、引退を考えている最中に出会ったという。当時、荒れていたクレイグは目先の報酬のために仲間を邪魔だと思っていたし、自分に強い自信も持っていた。
しかし、老兵の熟達した強さの前に膝をつかされ、心身ともに鍛え直すきっかけになった。その頃、名前がなかった彼に『少しでも勇者クレイ・アルニムに近づけるような立派な男として』と、一文字足してクレイグの名が授けられる。
老いに負けて亡くなってしまった師の背中に恥じぬよう、今はどんなときでも、自分よりも誰かのためを想うように決めていた。
「ま、結局なんだかんだとゴールドランクに落ち着いて、ベテランとは呼ばれるんですが、プラチナに到達した人を見ると、少し羨ましいなと思いますね。新しい家族もできるので、もう高望みはしませんが」
仕事熱心な冒険者としては飛空艇の警備任務で終わりだ。これからはギルドでそれなりに良い稼ぎになる依頼を選びつつ、家族との時間をじっくり取っていきたい。穏やかな日常。安泰した生活。こんな自分でも愛してくれる人がいるのだという喜びに、今はただ幸せを実感するばかりだ。
「ギルドには所属して、たまに依頼を探しに来ながら、基本的には首都で暮らそうかと思ってるんです。イルフォードの拠点も引き払って、もう少しだけ広い家を探したいなって。彼女は今のままでもって言うんですけどね」
受付嬢は職業として安定している。いつだって冒険者ギルドで募集されているくらい多忙だが、深夜帯はそれほどでもない。万が一にもクレイグが怪我をして身動きが取れないとなったときのために、拠点はイルフォードでも構わないと話してくれているが、いつかは自分の子供もと考える彼は、首都の暮らしを望んでいた。
「まあ、どちらも悪くないし、じっくり話し合ってみるといい。……にしても、少し気になるな、これ。魔水晶の結界が薄すぎやしないか?」
話の途中で、ヒルデガルドは魔水晶から継続的に放たれる魔力による結界が弱いような気がした。いや、実際に弱いのだ。飛空艇が巨大すぎるため、いくつかの杭だけで防護壁を作るのには限界があり、ただの薄っぺらな膜になっている。
「少し強化しておいたほうが良さそうだが」
「専属魔導師を呼んできましょうか。そのあたりにいたような」
「いや、私がさっさと済ませて……」
杭に触れようとした瞬間、それを見つけた飛空艇の専属魔導師が憤慨した様子で指をさしながら駆け寄ってくる。
「ああ~っ、ちょっとそこの! やめなさい、何を考えてるんだ」
「……結界があまりにも弱い気がしたから」
「はいはい、だからって勝手に触らない。あんた、どこの所属だ?」
「冒険者ギルドから依頼を受けてきた」
「はあ。見たところランクはそこそこだが、常識のない三流だな」
あとからもうひとりの魔導師もやってきて、ヒルデガルドと睨み合う。
「航行する空域は安全を考慮されている。有事の際も俺たちがいるから、あんたのような冒険者あがりの三流魔導師が出る幕はない」
明らかな敵意にクレイグが反論をしようとしたのをヒルデガルドが「落ち着け」と手で制す。わざわざ事を荒立てる理由もない。自分たちの任務とは関係ない行為だった、と彼女は魔導師たちから離れる。
「いいんですか、言わせておいて」
「構わんさ。私もひと声くらい掛けてやるべきだったよ」
「どうせ声を掛けても同じですよ。あんな奴ら!」
クレイグが怒るのも無理はない。魔導師になるだけでも才能が必要で、ヒルデガルドの実力もよく知っている。コボルトロードの討伐でもほぼ無傷で帰ってきた人間が三流なはずがない。友人を貶されて、平気でいるのは無理だった。
「ま、いいさ。彼らも安全な空域を飛んでいると言ったし、私たちも自分たちの責務だけ果たしておけば十分だ。のんびり行こう」