コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
病室には灯りがなかった。カーテンの隙間から差し込む月光だけが、
二人の輪郭をぼんやりと照らしていた。
狂犬がるるは、カルテの整理をしていた。
紙の擦れる音と、時計の秒針の音だけが響く。
リーゼはその背中を見つめながら、
胸の奥で何かが静かに崩れていくのを感じていた。
「先生……」
声が震える。
理性の糸が切れたのが、自分でも分かった。
次の瞬間、体が勝手に動いた。
喉の奥が熱く疼く。
飢えと渇きと、信仰にも似た渇望が入り混じって、
気づけば、狂犬の肩に噛みついていた。
鉄の味。
それが口の中に広がった瞬間、世界が反転する。
ああ、これは“神の味”だ。
禁忌であり、救い。
リーゼはその場で崩れ落ち、血の滲む唇を震わせた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
何度も繰り返す声は、祈りにも似ていた。
けれど狂犬がるるは、ただ静かに微笑んでいた。
「いいんだよ。リーゼ、これは罰でも、罪でもない。……愛だよ。」
その声に包まれた瞬間、リーゼは泣き崩れた。
狂犬は彼女を抱きしめる。
血の匂いと、安堵の匂いが混ざる。
月光が、二人を白く照らしていた。
その夜、カルテには何も書かれなかった。
ただ、部屋の床に落ちた赤い雫だけが、
“彼女がここにいる”という証として残された。