狂気の笑みを浮かべながら、次々と下位悪魔(レッサーデーモン)を屠り(ほふり)続けていた善悪であったが、対する悪魔達は、一向にその数を減らす事無く、怖れも見せず挑みかかって来る。
コユキは頼もしい相方の背中に声を掛ける。
「善悪、流石に一人じゃ無理よ! 待ってて、すぐ行くわ!」
コユキの言葉に善悪は戦い続けたまま答える。
「心配無用! 僕ちんの背中を見守っていて欲しいのでござるっ!」
如何(いか)に一方的な戦いとはいえ、既に結構な時間が経過していると言うのに、疲れを感じさせないほどの大声を出す善悪。
恐らく魔界に踏み込んだ時同様、この地に溢れる瘴気のお蔭で体調がすこぶる宜しいのだろう。
初めての戦闘も大分慣れて来たらしく、開始直後よりも無駄の少ない、効率的な動きも好調を維持できている理由だと思える。
しかし、徐々に慣れてくるのは、何も善悪一人の専売特許では無い、当然、相手の悪魔達も善悪の動きに慣れ始めてきたようである。
その想像を裏付けるように、何体かの悪魔を倒すごとに、一発、二発と、敵の攻撃が善悪にヒットするようになってきていた。
「ぐっ、このヤロ! 喰らえ! くっ! ちきしょう! グハッ! こなくそっ!」
善悪の声にも時折痛みを堪(た)える様な唸りが含まれてきたのを聞いて、コユキとラマシュトゥの女性陣が声をあげる。
「ぜ、善悪! やっぱりアタシも行くわ!」
「善悪様、今すぐ回復をお掛けしますわ!」
すぐさま動き出そうとする二人に対して、再び善悪の大声が掛けられる。
「一人で大丈夫でござる! まだ回復も不要! 心配なら応援してっ!」
驚いた事に未だ善悪はやる気満々であった、心配していた二人もその声に安堵し、コユキの音頭で応援を始めるのであった。
ガンバレ、ガンバレ、ゼ・ン・ア・ク!
フレ――、フレ――、ヨシオ!
イケ、イケ、ボウズ、ブットバセ――!
三三七拍子!
チャチャチャ、チャチャチャ、チャチャチャチャチャチャチャ!
ワアァァ――!
繰り広げられる応援の効果か、僅か(わずか)に体のキレを増した善悪であったが、悪魔達の攻撃は更にバリエーションを加え、次第に捌き(さばき)切れなくなって行く。
まるで善悪の戦い方を見てトレースするかのように、悪魔達は次々と彼の技を盗んでいったのであった。
具体的には、一体の下位悪魔が足元の砂を善悪の顔面目掛けてばら撒き、一拍遅れて飛んできたでか目の石礫(いしつぶて)が善悪の全身を打ち据えたりするのである。
堪らず頭を守るように抱え込んだ善悪が、しゃがみ込んで防御体勢を取れば、寄って集(たか)って卑怯にも棒や石で殴りつけてくる。
痛みより、怒りが上回った善悪が、吠えながら立ち上がると、からかう様にサァ――っと離れては、アッカンベェとかやって挑発してくる外道っぷりであった。
とうとう、頭や体の所々から流血し始めた善悪に、三度(みたび)コユキが悲鳴のような声を掛けた。
「もう無理よっ! 見ていられないわ! 行くわよ、良いでしょっ?」
数箇所から、特に剃り上げた頭部からピューピュー血を吹き上げながら、善悪が信じられない返事をする。
「ま、まだまだぁーっ! 拙者に任せるでござるーぅっ!」
「そ、そんな事言ったって!」
コユキの叫びに近い声に善悪が答えた。
「じ、じゃあ、ほ、褒めてっ!」
こうまで言われてしまっては、善悪の男としての矜持(きょうじ)、プライドを守る為にも手を出す訳には行かない、と、コユキは言われた通り褒める事にするのであった。
「剃り残しも無くてツルツルピカピカよ! いいね! 輝いてるわ!」
スプラタ・マンユとてそんな二人を只指を咥えて見ている訳ではなかった。
「ヤサシイ、オウコクノツルギ!」
「善悪様、キレてございます! ナイスっです!」
「血の色も鮮やかですぞ! 善悪さまぁ!」
「可愛いですわ! マジ可愛いのです!」
「料理上手で気配り上手! 話し上手で床上手!」
「作務衣(さむえ)似合います、紫似合ってます~!」
「その蛮勇に痺れるっ! 最後の侍! ラストブシ! ラスブシっ! ラブ! 善悪ラブ!」
やんややんやと大絶賛であった。
褒めちぎられた善悪は、その後も全身を痣(あざ)と裂傷だらけにしながらも、何とか最後の悪魔を倒しきったのであった。
暫し(しばし)の残心の後、ヨタヨタと末期高齢者(百二十歳以上)の様な足取りで、コユキ達の元へ歩み寄る善悪の姿は、瀕死、そのものであった。
眼窩(がんか)が窪み、失血のせいだろう青白く変じたその顔は、ゲッソリとやせ細っていて、先程までの『美坊主』の面影は消え失せていた。
紫の作務衣(さむえ)ごしでもはっきりと分かるほど痩せこけた体は腹部だけがプクーっと飛び出しており、周囲の景色と合わせると、焦熱地獄を彷徨う(さまよう)亡者、餓鬼(がき)にしか見えなかった。
魔力枯渇(こかつ)で死ぬという話の真偽を、自らの目で見て実感したコユキはぶるるっと震えるのであった。
このまま死なれても寝覚めが悪いと思ったし、善悪ん家のおじさんおばさんに説明するのも面倒だったコユキは、仕方なく虎○の羊羹一本を譲渡する事とした。
中々にケチンボなコユキであった、え? あれれ? 大丈夫だよね?
ノクターンとかミッドナイトじゃないよね?
だって、ケチな人って言ってるだけだよ?
ケチンボって、ケチンボ、毛ちん、グフン! グフンっ!
先に進みましょう……
見た目的にあまり近付くのも気持ち悪かったので、池の鯉にやるように餌(羊羹)を投げようと前を向いたコユキは、動きを止めて善悪に言った。
「ねえ、善悪! 次が来たみたいよ?」
「……は?」
コユキの言葉に振り返った善悪の表情は、正に『絶望』であった。
眼前に広がった景色は、わらわらと沸き続ける大量の下位悪魔(レッサーデーモン)達……
そうである、善悪お楽しみの第二波が押し寄せて来たのであった。
「あぅ…… ぁ、ぁあ……」
善悪の口から嗚咽(おえつ)のように漏れる絶念(ぜつねん)の声に、やれやれと言った感じでコユキが呟いた。
「ほら、一人でなんて甘い相手じゃなかったでしょ? 選手交代ね、みんな善悪の回復ヨロシクね」
そう言って前に出ようとするコユキをオルクスの言葉が引き止める。
「キタヨ、エングン…… マニ、アッタ、ヨ」
「へ? 援軍?」
コユキが首を傾げた瞬間、目の前に現れた悪魔達の軍団、そのそこかしこから爆音や雷鳴、暴風や何かが激しく燃え上がる音が聞こえたのであった。
次にあちらこちらから響いたのは、下位悪魔(レッサーデーモン)達の叫び、命を断たれる瞬間の『断末魔』であった。
周囲を見渡したコユキは驚愕に口をアングリさせてしまうのであった。
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