テラーノベル
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二月の空は、いつもより低く感じる。雪は降ってないけれど、空気の色だけで季節が分かる。
三年生の卒業まであと一か月を切った放課後も、変わらず校舎裏のベンチに座っていた。
「この場所、なくなるらしいよ。校舎建て替えるって。」
「…ああ、なんか聞いた。」
翔太がぽつりとつぶやいて、凛は小さくため息をついた。
「私さ、このベンチ、好きだったのにな。」
「うん。俺も。」
誰にも言えない話をたくさんした場所。
片想いの痛みも、少しだけ笑い飛ばせるようになった場所。
「ねえ、凛。」
「ん?」
「俺、卒業したら、告白しようと思ってる。あの人に。」
一瞬、風の音が止まったような気がした。
「…マジで?」
「うん。もう、言わなかったらずっと後悔する気がする。どうせ卒業したら会わなくなるかもしれないし。なら、せめて自分の気持ちくらい、伝えておきたい。」
翔太の目は真っ直ぐだった。
その言葉が、心のどこかをチクリと刺したのは、凛の方だった。
「すごいね。勇気あるなぁ。」
「怖いよ。めっちゃ怖い。嫌われるかもしれないし、気持ち悪がられるかもしれない。」
「……うん。」
「でもね、凛と話してるうちに思ったんだ。『恋する自分』を否定したくないって。」
凛は何も言えなかった。
なぜなら、自分はまだ、気持ちを抱えたまま逃げ続けていたから。
部活の先輩。あの人はもう引退して、ほとんど話すこともなくなった。
今さら気持ちを伝えてどうなるわけでもない。
それでも、心はずっと、あの先輩の笑顔を覚えてる。
「…私、ずるいな。」
凛がぽつりとつぶやいた。
「何が?」
「翔太はちゃんと、前に進もうとしてるのに。私、ずっと片想いしたまま、何にもできないでここまで来ちゃった。」
翔太はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくり言った。
「凛がいてくれたから、俺は言おうって思えたんだよ。」
「……うそ。」
「本当だよ。凛がいなかったら、きっと今も誰にも言えないままだった。」
そう言って、翔太は照れたように笑った。
「それだけで、すごいことだと思う。」
凛の目に、ほんの少し涙がにじんだ。
雪は降らない。でも、空は白くにじんでいた。
***
卒業式の前日、凛は久しぶりに部活の先輩に会った。
帰り際、少しだけ話す機会があった。
「あの、先輩。」
「ん?」
凛は呼吸を整えてから、静かに言った。
「ずっと、先輩のこと、好きでした。」
先輩は目を見開いて、それからすぐ、やわらかく笑った。
「ありがとう。…嬉しいよ。」
その笑顔は、まるで春の光みたいに、やさしかった。
「ごめんね」とも「無理だよ」とも言われなかった。
でも、そこに“叶う”という可能性はなかった。
それでも、凛はうつむかずに「ありがとうございました」と頭を下げた。
***
翌日。
卒業式が終わったあと、校舎裏のベンチで、ふたりは再会した。
「言えた。」
「言ったんだ。」
どちらからともなくそう言って、顔を見合わせた。
「フラれたってわけじゃないけど、叶わなかった。」
「俺も。予想通りだったよ。『そういう目で見てたんだね』って言われた。」
翔太は笑ってたけど、少しだけ声が震えていた。
「大丈夫?」
「凛がいるから、大丈夫。」
凛はそっと翔太の手を握った。
手をつなぐ意味は、恋愛じゃない。
でも、それでもこんなに心が救われることってあるんだ。
「ねえ、翔太。」
「ん?」
「高校行っても、私たち親友でいようね。」
「もちろん。」
「いつか、恋人ができたとしても?」
「うん。絶対。」
「相手が男でも、女でも?」
翔太は笑った。
「むしろ、そういう相手だからこそ、凛には一番に紹介したい。」
「私もだよ。」
空を見上げると、ふわりと小さな雪が降りてきた。
この雪が積もる頃、
ふたりはもうここにはいないかもしれない。
でも この冬_
自分の気持ちを伝えられたこの場所だけは
ずっと心に積もったまま、溶けないでいてくれる気がした。
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