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立脇ひかりの高校時代を一言で言うならば、まさしく『栄光』そのものであろう。関東でも偏差値上位の部類に入る県立高校に余裕で合格し、一年生の頃から生徒会の役員を務め、成績は常に上から十番以内をキープ。中学から引き続いて入ったテニス部では万夫不当のエースとしてインターハイへの出場を果たした。
それだけでもスクールカースト一軍としては充分なスペックであるが、さらに彼女を完璧たらしめていたのがその容貌である。二重まぶたでぱっちりと開いた瞳に整った鼻筋、桜色の唇。引き締まった身体は紫外線ケアを徹底されており、屋外で活動する運動部であるにも関わらず雪のようと称されるほどに白い肌。生まれつき色素が薄く、光の加減によって胡桃色にも見える髪の毛は部活動の時以外はおろされ、ゆるく癖のついたふわふわとしたそれをなびかせて校舎を歩く姿は、さながら絵本から飛び出してきた妖精のよう。
ひかり自身もその美貌についてはしっかりと自覚があったのだろうが、では内面の方はどうだったかというと。
「ねえ、何か臭くない?」
登校後、教室に入り級友たちと挨拶を交わした直後、ひかりは辺りを見回して言った。
「えっ、何か臭う?」
「いやあたしは別に……」
口々に言う友人たちに、ひかりは窓際の席に座る一人の女子生徒の方を見ながら「あれ」と顎で示す。
「ほら、吉崎さんの近く。何か臭くない?」
ひかりの言葉に、女子生徒の肩がびくりと跳ねた。ちらりと様子をうかがうように振り返った彼女と、ひかりの視線が合う。
「あ……」
吉崎ゆずは。重たげな前髪と眼鏡で覆われた小さな目はいつも何かに怯えるように震え、ぼそぼそとした喋り方をする彼女は、ひかりと正反対の位置にいるタイプの生徒だ。この高校に入学できていることから勉強ができないわけではないのだろうが、中間や期末の試験の成績では毎回上位者たちに埋もれて、下の方をうろうろしている。運動は全般的に苦手であり、体育の授業ではいつも他の生徒の足を引っ張るか、さもなくば隅で目立たないようにしているかのどちらかだ。
「あ、あの……」
ゆずははおどおどとひかりの方を見ながら何か言おうとする。が、その声があまりに小さいので、ひかりにはよく聞こえない。
「は? 何?」
「あ……。ご、ごめんなさい……」
ひかりの語気が強くなったのを叱責と受け取ったのか、ゆずはは消え入りそうな声で謝った。ひかりはつかつかとゆずはの席近くまで歩み寄ると、鼻をくんくんとうごめかせながら言う。
「何かさあ、やけに甘ったるい変なニオイがするんだけど。何なのこれ」
「えっ……? わ、私そんなの……」
「香水つけてる? うちの高校、そういうの禁止されてるでしょ。校則違反じゃない」
「こ、香水なんか……。あっ」
ゆずはは何かに気づいたように声を上げる。
「シャンプー変えたから、そのせいかも……」
「ふうん? ま、いいけどさ。でももうそれ使うのやめてくれない? 私こういうニオイ嫌いなの」
「は、はい。ごめんなさい……」
ゆずははさらに首をすくませ、ぼそぼそと詫びる。それを見ているひかりの取り巻きたちはクスクスと笑い、ひかりに同意するように口を出す。
「確かにちょっとにおいキツいよねー」
「センスなーい」
「あ……。ご、ごめんなさい……」
「だからさあ」
ひかりはバンと音を立て、ゆずはの机に手をついた。
「さっきからそれしか言えないわけ? 言いたいことあんならもっとはっきり喋れっての!」
「……っ!」
「ひかり、もうそれくらいにしといてやんなよ」
「そうだよ。吉崎さんかわいそうだよ?」
口ではゆずはに同情するようなことを言いながら、顔には彼女を馬鹿にしたような笑みを貼りつけてひかりの取り巻きが言う。クラスメイトたちは気の毒そうな表情をするものの、かといって助け舟を出すような者は一人もいない。いわゆる一軍女子のひかりの機嫌を損ねようものなら、彼女の取り巻きやひかりに熱を上げている屈強な運動部の男子生徒たちから、どのような仕打ちを受けるか知れたものではないからだ。
「……本当にごめんなさい。これ、もう使わないから……」
ゆずはが肩を落として言った瞬間、朝のホームルーム開始を告げるチャイムが鳴る。扉を開けて入ってきた担任教師の方を見て、はあとため息をつくと、ひかりは自分の席に戻った。