数分後、二人は公園近くのコンビニの前に居た。二人の目の前を、サイレンを響かせながら救急車とパトカーが走っていく。
いつの間にか二人の頭上からは雷雲が消え去り、白銀色に輝く月が再び姿を見せていた。
缶コーヒーを手に、立ち話をする二人。
「私の名前のMは、魔界帝国第八層マレボルゲの地に領地を持つMの一族を意味しています。Fは雌を、36は「36番目に生成された個体」を意味します」
「生成……ですか」
「私の兄弟・姉妹は皆、様々な魔物の因子を混ぜ合わせた合成獣で、言うなれば生体兵器のような存在です。設計者として父はいますが、母は居ません。皆、ガラスの人工子宮の中から産まれてきました。さながら工業製品のように」
「あの……なんか……複雑ですね」
根岸が言葉を失う。
「私の話はこの辺にしておきましょう。次は根岸さんのお話を聞かせて下さい」
「……最初の切っ掛けは、4月の新学期でした」
根岸はポツポツと話始めた。
教室の片隅で、現在のイジメ・メンバーの一人、小野がイジメられていた。小野は最初、イジメられる側だったのだ。
「からかう」のレベルを遥かに超えたイジメを見かねた根岸は、イジメを止めるように言い、その態度がイジメ・グループのリーダー和田の目に留まった。和田は小野に「自分が殴られるのがいいか、自分の手で根岸を殴るのがいいか」と問い、小野は自分の手で根岸を殴る方を選んだ。
こうして小野はイジメられる側からイジメる側に昇格し、根岸にとって地獄の日々が始まった。
同時に根岸は「透明な存在」になった。透明人間の根岸が教室の片隅でイジメられていても、クラスメイトたちは見て見ぬふりをした。
クラスメイトだけではなかった。根岸が担任や生活指導の教師に相談しても反応はサッパリだった。
根岸の話を黙って聞いていた36号の表情が微かに強張った。
親指と人差し指の2本で持っていたコーヒー缶がゆっくりと潰れていき、砂時計のように真ん中でくびれた形になった。
「……成る程、それはいけませんねぇ。差し出された手に唾を吐きかけるような行為、生徒を正しく導くはずの教師たちの職務怠慢。どちらにも然るべき報いを与えるとしましょう」
36号が根岸に視線を移す。
「さぞ、お辛かったでしょうね。心中お察しします」
「あ、はい……」
根岸が力無く頷く。
「毎晩、寝る時に、こう思うのでしょう?痛みも苦しみもなく、眠ったまま安らかに死にたい、と。そして翌朝こう思う。どうして、まだ生きてるんだろうって」
「……そうです」
「1週間の中で一番幸せな気分になれるのは金曜日の夕方。明日から2日間はアイツらに会わなくていいから。日曜日の夕方になって、明日からまた1週間が始まるのかと思うと、地平線の向こうから目の前に黒い壁が迫ってくるような気分になる。特に月曜日の朝なんかは、処刑場に連行される死刑囚のような気分だ。違いますか?」
「僕の心を読んだんですか?」
「いいえ、一般論です」
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