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荒れ果てた平原に、風の音だけが流れていた。
透たち五人は、先ほどの凶戦で心身ともに疲れ果て、無言で座り込んでいた。
雲の切れ間から太陽が少し覗き、湖面が遠くで煌めいている。けれど、その美しさを感じる余裕は誰の表情にもなかった。
ギルメザがばたんと仰向けになり、両手両足を大の字に広げた。
「……しんどすぎんだろ、オイ……」
その口調は弱々しいが、すぐに眉間に皺を寄せて叫ぶ。
「てめェ、トオル!! これからどーすんだよ!! 試練だか何だか知らねェが、あんな化けモンにまた会いたくねーんだよオレは!!」
透は手の甲で額の汗をぬぐい、少し思案した表情になった。
そしてぽつりと呟いた。
「……アヴィアに戻ろうと思ってる」
「はァ? 戻る? なんでだよ」
ギルメザは寝転んだまま、こちらをじろりと睨みつけた。髪の先が砂にまみれ、頬にも砂埃がついている。
透は静かに周囲を見回す。ラグは腕を組んだまま遠くを見つめ、キールはミナミの包帯を巻き直していた。ミナミは目の縁を赤くして、鼻をすすっている。
「……俺たち五人だけじゃ、さすがに試練に挑む勇気が出ない。さっきの男にボコボコにされたばかりだし、どんな敵が出てくるか分からない場所に行くなんて無謀すぎる」
その言葉に、ギルメザが「クソが!」と吐き捨てた。
「そもそも試練なんざ行くなってんだ!!」
「うるさい」
透が短く返すと、ギルメザは「チィッ」と舌打ちしてまた仰向けに倒れた。
そんな中、ミナミが弱々しく声を上げた。
「……だったらさぁ、どっかの村とか街とかで人を探す方が早くない? アヴィアに戻るなんて時間かかるし……」
透はミナミの方をゆっくり振り返った。
「違うんだ。俺、アヴィアに戻りたいのには理由がある。あそこには知り合いがいるから」
「知り合い……?」
ミナミが涙で潤んだ瞳をぱちぱちと瞬かせる。
ギルメザもすっと顔を起こし、両肘で上半身を支える格好になった。
「なんだよ、それ。知り合いって誰だよ」
透は一度、小さく息を吐いて言った。
「──魔王と天王、それに魂賭王、異淵王」
「はァ?」
ギルメザとミナミが、同時に声を上げた。完全にハモっていた。
ミナミが肩を震わせながら叫ぶ。
「え、えっ……!? ま、魔王って、あの……あの魔王!? ステラ!? え、えぇぇええええ!!??」
ギルメザは口を開いたまま固まり、じわじわと顔が赤くなっていく。
「テ、テメェ……!! ふ、ふざけんなよ!! そ、そんな連中と知り合いなわけねぇだろ!!あの女二人もたまたま出会ったってだけで…!」
透は肩をすくめる。
「本当だ。だって俺、他の魔王軍幹部たちとも会ったし……ステラとも直接話したことがある」
「マジかよォ!!」
ギルメザはガシッと透の腰の布を掴み、ギリギリと引き寄せた。
「おい! オレに黙ってんなよ! テメェ、まさかそいつらのコネ使って偉そうにしてたんじゃねェだろうな!!」
「いや、全然偉そうになんてしてないけど」
透は引っ張られながらも冷静に答える。
ミナミは小刻みに震えながら、透を指差した。
「ト、トオルさん……本当に……? あの魔王たちって、普通に世界を滅ぼせるとかいう噂の……」
「まぁ、強いのは確かだけど……俺にとっては知り合いってだけだ」
ラグが深く溜息をつき、目を細めた。
「──で、その魔王たちに何してもらう気だよ」
透は少し言い淀んでから答えた。
「俺たちの強さを少しでも底上げしてもらえたらって思ってる」
「はあああああ!?」
ギルメザとミナミが再び声を揃える。
「てめェ!! 魔王に強くしてもらうとか、どの口が言うんだよ!!」
ギルメザが透の肩をバシバシ叩きながら怒鳴る。
「そんな簡単に行くわけねェだろ!! オレたちのことなんか、あいつら興味も持たねェだろうが!!」
透は額に手を当て、少し疲れた様子で言った。
「それは分かってるよ。でも……あの人たちは、俺が困ってるときに何度か手を貸してくれた。きっと今回も……何か助けてくれるんじゃないかって、思うんだ」
ミナミが首を小刻みに横に振る。
「ムリだよぉ……!! そんなすごい人たちに頼むなんて……。あたしたち、ただの冒険者崩れと盗賊だよ!?」
「おい、トオル!!」
ギルメザが透の顔を引き寄せ、鼻先がぶつかりそうな距離で叫ぶ。
「オレは絶対そいつらの前に行きたくねェからな!? 」
透はギルメザを乱暴に引き剥がした。
「このまま試練に行ったら、全員死ぬかもしれないんだぞ」
ラグが目を伏せ、地面に目をやりながら呟く。
「──まぁ、確かに、このままじゃ勝てる気はしねぇな……」
キールが腕を組み直し、静かに言った。
「もし本当に魔王や王様たちが協力してくれるなら、行く価値はある……かもな」
ミナミは泣きそうな顔で透を見た。
「で、でも……あたし達なんか、会わせてもらえるの……?」
「それは俺がなんとかする」
透はきっぱり言い切った。
「ステラは少なくとも俺の話くらいは聞いてくれる」
ギルメザが頭をがしがし掻きむしり、地面に寝転がった。
「はぁあぁ~~~っ!! クソがよォ!! 行くしかねェってんなら行くけどよォ!! でもオレ、あいつらの前でヘタれたらブッ殺すからな!!」
「それ、殺す相手間違えてるぞ」
透がため息を吐くと、ギルメザは「うるせェ!!」と叫んで顔を背けた。
ラグがポケットから金貨を一枚取り出して眺めた。
「で、どうやってアヴィアまで戻るつもりだ? また徒歩か?」
透は苦笑いを浮かべた。
「さすがに歩きたくない。さすがに馬車を探す」
透は金貨の袋を取り出し、中を覗き込む。チャリンと乾いた金属音が響く。
「──大丈夫。まだ少しだけ残ってる。馬車ぐらいは雇えると思う」
「ったく、また金かよ」
ギルメザが舌打ちしながらも、ゆっくり起き上がる。
「さっさと行くぞ。こんなとこでダラダラしてたらまた変な奴が来るかもしんねーだろが」
ラグが透の肩を叩き、軽く顎をしゃくった。
「行こうぜ、トオル。さすがにもう歩きたくねぇ」
透は小さく笑い、立ち上がった。
五人は荷物をまとめ、馬車を探すために平原の道を進み始める。
歩き出したギルメザが、背後を振り返りながらボソッと呟いた。
「魔王だの天王だの……マジでめんどくせェ……」
それは本音であり、五人全員の正直な気持ちでもあった。
けれど同時に、全員の胸にかすかに灯る希望でもあった。
馬車の車輪がごとん、ごとんと揺れる中、透とミナミ、そしてキールは、まるで糸が切れた人形のように爆睡していた。
揺れにあわせて透の頭が小さくカクンと倒れかける。ギルメザが「ケッ、寝やがって…」と鼻を鳴らしつつも、隣に座るラグをじろりと睨む。
そのギルメザに、ラグが小声でそっと話しかける。
「…あんたも、疲れただろ? ずっと怒鳴ってたしよ」
「はァ!? 誰が疲れたってェんだッ!」
「ハイハイ。さすがだな」
面倒そうに睨むギルメザだったが、ラグが笑って軽口を叩きはじめると、ギルメザの眉間の皺が少し緩む。
「いきなり出てきやがったあの変な男、次会ったらコテンパンにしてやれんだぜ、俺はよォ!!」
「だよな、お前なら出来そうだ」
「ッだろォがッ!!」
大声を出しながらも、ギルメザはラグの肩を小突き、そのまま上機嫌そうにニタリと笑う。案外ラグのご機嫌取りは上手いらしく、ギルメザが珍しく楽しげに話し込んでいた。
そのうち、車窓の外に城壁と無数の塔が見え始める。
「おいッ! アヴィアだ!!着いたぞッ!!!」
ギルメザが絶叫し、車内で寝ていた透たちを片っ端から叩き起こす。透は寝ぼけた顔で目をこすり、キールも「う…うるせぇ…」と唸りながら起き上がった。
「ふわぁ…あ、着いたんだ…」とミナミも半目で呟く。
馬車が揺れを止め、城門へと向かう。入国の手続きは拍子抜けするほどスムーズだった。透の名前はすっかり顔パスのようになっているらしい。
アヴィアの街は以前と変わらず賑やかだった。街路を埋め尽くす人の波、空を行き交う運搬用の小型飛行艇、煌びやかに光る魔導ランタン。
「…すっげぇ。さすが中央国」
ミナミが小さく呟くと、街角からひときわ鋭い視線を感じる。
「…トオルか…戻ってきたのか。どうした?」
現れたのはルザリオだった。相変わらず無口で鋭い眼光。透は「ああ、ちょっと事情があってな」と事情をかくかくしかじか説明する。
ルザリオはしばし無言で聞いていたが、最後に小さくため息をつき、「…ついてこい」と顎をしゃくる。
その後ろでミナミが小声で独り言を漏らす。
「こっわ…でも意外と優しい…」
ルザリオに連れられて進む廊下の先、久々の魔王ステラが待っていた。黒髪に金の瞳。その立ち姿だけで場の空気が冷たく引き締まる。
ギルメザとミナミはガチガチに固まり、ラグとキールも肩で息を整えながら深呼吸を繰り返していた。
透だけが、ごく普通にステラへと話しかける。
「ステラ。強くなる手伝いを頼みたい」
「…今は忙しいがたまになら構わない。ただし、私が手を貸すのは一度きりだ。それ以上は私の幹部たちが相手をする」
その声に、ギルメザとミナミが「は…?」と揃って呆けた声をあげた。
さらに奥の扉が開き、ヴァルムが優雅に現れる。銀髪を後ろで束ねたイケおじ風の男は、紳士的に一礼すると「やあ、トオル殿。久しぶりでございますね」と微笑んだ。
だが次の瞬間、ヴァルムは懐から何やら小さな玉を取り出す。コロコロ…と転がした玉が、ぱんっ! と煙をあげ、ミナミの顔に黒いヒゲがクルクルと描かれる。
「いやあ、こういうのが好きでしてね」
「ギャアアアアアアアアア!!!」
ミナミは大発狂。ルザリオが頭を抱え、ギルメザは「ハァァ!? なんだこのオッサン!!」と絶叫し、ラグとキールは「やっぱうるせぇ…」と顔を覆ったのだった