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「……着いたか?」
「…多分…?」
「なんやその曖昧な感じ」
未だ眠気の残る声でそう言いながら、大先生は窓の外を覗き込んだ。
俺たちが辿り着いたのは、何処かも分からない見た事のない駅。
「…とんち、これなんて読むん…?」
人っ子一人として居ない駅の看板は、太陽光と長年の劣化で薄汚れていて殆ど読み取ることが出来ない。
触るとザラザラとペンキが剥がれ落ちる感覚がした。
見渡す限り真暗で、数メートル先すら視界に捉えられない状態じゃ何も出来ない。
「こんな時の為に…お、あった」
背に背負っていた対して大きくもない鞄の中をごそごそと漁り、取り出したのは懐中電灯。
「流石とんち…僕ゲーム機とかお菓子しか持ってきてへんわ……」
「やろうな」
「やろうなて…」
とかなんとか、余り記憶にないがこんな下らない話をしながら周辺をぶらぶらと歩いて過ごした。
道とも言えぬ整備されていない地面を歩き、途中途中にポツポツとある家を通り過ぎながら最終的に辿り着いたのは広い、何処までも続くような海だった。
「…ここ着いた時から海の匂いすると思ってん」
「お前が? まさかな、嘘やろ」
「さっきから俺に対するイメージ酷ない?」
俺の持つ懐中電灯を奪い取った大先生は、底の見えない砂浜と海の境目にライトを向ける。
…意図せず触れた指は、冷たかった。
暫く波の音を聴きながら、防波堤に座り脚を揺らしていた。
「……とんちぃ」
「うぉ」
態々近くに座り直した大先生を、何事かと見ていればごろんと膝の上に寝転がるものだから驚いて声が出る。
「ねむい」
「…まぁ、そやろな」
確かに、引きこもりで余り運動もしない此奴が、深夜の電車に乗り、見知らぬ場所を歩き回る。
此処に来る事でさえ相当の覚悟が必要だったであろうに、弱音を吐かず今迄起きていた事は凄いことだ。
「こんまま寝てもえぇ?」
相変わらず見えない右眼と、視線の合わない左眼。
眼鏡のせいで此奴の表情が何も捉えられない。
「…風邪引くぞ」
せめてもの言い訳、形式上だけの。
何か言い返しておかないと、この空気に耐えられなかった。
「そん時はとんちが看病してよ」
当たり前かのような声色で言う此奴の心情が、更に理解できなくなる。
どんな思いでその言葉を口にしているのだろう。
その言葉を聞いて、俺がどう思うかだなんて、此奴は全く気にしていないのだ。
「なんで俺が看病せなあかんねん、自業自得やろ」
「…けち」
ふい、とそっぽを向きながらも俺の膝の上からはどかない鬱の頭を気紛れに撫でてやれば
びくりと大袈裟な程に肩を上下させていたが、次第に身体の力も抜けてくる。
「………おやすみ、鬱」
聞こえるか聞こえないかの狭間でそう呟けば、膝の上に乗る暖かい温もりの温度が上がった気がした。
𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝気分次第
コメント
2件
すこ
読み終わりました。第2話、いいですね。何よりも「見えない右眼と、視線の合わない左眼」という鬱くんの描写がすごく気になる。眼鏡ごしに表情が読めないのに、膝の上で全部の力を抜くあの距離感。とんちが「風邪ひくぞ」としか言い返せなかったのも、その空気を壊したくなかったんだろうなって。暗い海辺の光と冷たさと、触れた指の温度が細やかに描かれていて、二人の関係性のこの「まだ何も説明されていない」感じが、すごく好きです。続き、気になります。
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愛
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