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重く垂れ込めたカーテン越しに、昼下がりの光がぼんやりと差し込む。
いるまは微かな眩しさに目を細め、いつものように腕を伸ばした――はずだった。
だが胸元に感じた柔らかな重みと、シーツを滑る長い髪の感触が、眠気を一瞬で吹き飛ばす。
「……は?」
掠れた声が、先ほどまでとは違う高さで喉を震わせた。
視線を下ろせば、シャツのボタンの隙間からこぼれるように覗く、見慣れない丸み。
わずかに顔を動かすたび、揺れる髪が頬をくすぐる。
「……嘘、だろ……?」
手の平で確かめると、昨夜らんの身体で味わったあの柔らかさが、今度は自分の一部として存在している。
狭まる呼吸を整えるように深く息を吸った瞬間、肋骨まわりの感触までも異質で――いるまは思わずシーツを握りしめた。
隣では、らんがまだ静かに眠っている。
この上なく無防備な寝顔。
昨夜の名残で上気した頬には、汗と涙の跡が淡く残り、それすら甘やかな余韻を漂わせている。
「……おい、起きろ。……って、寝てても可愛い顔しやがって」
いるまは小さく舌打ちしながらも、その声には妙に優しい色が混じった。
指先でらんの髪を梳き、温かな呼吸を確かめる。
――自分が混乱していることを、今はまだ見せたくなかった。
胸の重さに戸惑いながらベッドの端に腰掛け、そっと足を床に下ろす。
骨盤のラインがわずかに違う。腰をひねるたび、細くなったウェストにシャツがまとわりつく。
いるまは深いため息をついた。
「マジで……女かよ……」
重ねた掌をそっと見つめる。指先が細くなり、爪の形も微妙に丸い。
鏡はまだ見ていないが、声と胸と肌感覚だけで、自分の身体が新しい輪郭を持っているのがわかった。
ふと、らんの柔らかな寝息が聞こえる。
昨夜、自分の腕に収まりきらないほど震え、涙を流しながら快楽に溺れた相手。
そんならんが今は無邪気な寝顔で、シーツを胸元まで抱き込んでいる。
いるまはベッドに戻り、らんの額に触れた。
細い指が髪を払い、軽いキスを落とす。
胸にのしかかる不安も、らんの寝顔を見ると少しだけ和らぐ。
「――お前が起きたら、どうやって説明してやろうか……」
いるまはもう一度シーツを整え、らんをしっかりと抱き寄せた。
女体化の衝撃は大きい。けれど、今はまだ昼前の静けさと、抱きしめた人肌のぬくもりが心地よい。
瞼を閉じると、胸の新しい鼓動が耳の奥でトクトクと鳴る。
らんの穏やかな寝息と重なって、そのリズムが妙にやさしい子守歌のように響いた。
「……まあ、起きたら一緒に飯でも作って、ゆっくり話せばいいさ。――多分な」
そう呟いた声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
いるまはらんの背に手を回し、意識の底へと身を委ねた。
静かに寝息を立てていたらんが、ふとまぶたを震わせる。
意識がぼんやりと浮上し、全身のだるさと妙なぬくもりに包まれたまま、ゆっくりと目を開けた。
「……う、ん……あれ……?」
隣にいた“彼”――いるま――の姿を捉えた瞬間、らんの目が見開かれる。
「……は?」
髪は長くなり、首筋や肩のラインは女性的にしなやかに。
シャツの中に収まりきらない大きな胸。
確かに、そこにいるのは“女の姿”をしたいるまだった。
「おう、俺もさっき起きて気づいたとこ」
いるまは涼しい顔で答えるが、腕を組むたびに谷間が強調され、らんは目のやり場に困っていた。
「……伝染る。ってことなんだろうな」
その一言に、らんはぴくりと反応する。そして観念したように額に手をやった。
「……あー……俺前になつとやったあと、翌朝目が覚めたらなつも女になってたわ」
「……マジか」
いるまは眉をしかめた。
「じゃあ、つまり……誰かと関係持つと、そいつにうつる?」
「たぶん。俺が最初だったのは間違いねぇけど」
「……この現象、やべぇな。無限連鎖する」
いるまはため息をつきながら、ベッドから起き上がる。
「なつから連絡あった。みこともいるって」
「は?あいつ巻き込む気かよ」
「みんなで女になるか」
「つか、みことってそういう対象にされんのか……?」
いるまは眉間にしわを寄せ、深く息を吐いた。
「元に戻る方法も探しになつんとこ行くぞ」
「……で、女の体で外出んのか?お前も俺も」
「もちろん」
らんは軽く髪をかき上げ、ブラトップの上からシャツを羽織った。
「にしても、いるまが女になると……なんかエロいな」
「ぶっころすぞ」
「おーこわ」
にやにや笑いながら荷物をまとめるらんと、舌打ちしつつも文句は言わずに支度を始めるいるま。
準備が整った二人は、入れ替わった体の違和感を抱えながら、静かに家を出た。