「え……」
一瞬、何が起きているのか分からなくなるくらい衝撃的な言葉だった。
『俺の女になれ』という言葉も勿論衝撃的ではあったけれど、それ以上に、名前を呼ばれた事に私は驚いていた。
「何間抜け面してんだよ。どうなの?」
驚き過ぎていつまでも答えない私に、彼は再度問い掛けてくる。
「わ、私……」
返事をしなければと思い口を開くも、いざ言葉にしようとすると感極まった私の瞳からは大粒の涙が溢れてくる。
「なっ、何で泣くんだよ!? 泣くほど……嫌なのかよ?」
私が涙を流した事で、いつになく彼は慌て出す。
「ごめ……っ違うの……う、嬉しくて……っ」
そんな彼に途切れ途切れだけど必死に弁解すると、
「だったら泣くんじゃねーよ、馬鹿」
安堵の笑みを浮かべた彼は私の身体を起こして強く抱きしめてくれた。
「ごめん……」
「謝んなよ」
「うん」
抱き合う形で暫く会話を交わした私たち。
彼に一旦身体を離され向かい合うと、どちらからともなくキスをする。
互いを求め合う、激しい口付け。静まり返る部屋の中に、二人の吐息が漏れていく。
そして、
「いいよな?」
「うん……」
再びベッドの上に寝かされ、彼に組み敷かれた私はその問い掛けに頷き、彼を受け入れた。
想いが通じあってから暫く、社長に呼び出された私は事務所へやって来た。
「南田くん、最近は順調のようだね」
「はい、お陰様で」
深刻な話かと思えばそうでもなく、世間話の様な会話が続いていて、その中で私は驚くべき事実を知った。
それは、私が雪蛍くんのマネージャーに就いたのは彼たっての希望だったという事。
彼とは私が入社してすぐ一度だけ顔を合わせた事があって、その時に気になり、自分のマネージャーに就かせたいと社長に強く希望し、ちょうど彼のマネージャーが辞職願を出していた事もあって私が担当をする事になったのだと聞いた。
「南田くん、我儘な孫だが、これからも宜しく頼むよ」
「はい!」
彼に初めから必要とされていた事が分かった私は、恋人として、ビジネスパートナーとして、より一層彼をサポートしようと心に誓い社長に返事をした。
「何ニヤニヤしてんだよ、何かあったのか?」
その夜、仕事を終えた私たちは彼のマンションで二人の時間を過ごしていた。
ふと昼間の社長との会話を思い出した私の表情が緩んでいた様で彼に指摘される。
「社長から聞いたんだけど、私が雪蛍くんの担当になったのって、偶然じゃなかったんだね」
そう口にすると、その意味を理解した彼の顔が紅く染まっていく。
「なっ! あのクソじじい! 話しやがったのかよ……」
恥ずかしがっている彼の姿なんて滅多に見る事がないので何だか嬉しくなる。
それと同時に、前から気になっていた事を思い出した私は流れで彼に聞いてみた。
「そういえば雪蛍くん、最初は私に優しくしてくれたのに、どうして突然意地悪する様になったの?」
「は?」
「だから、その……ミスしたら……お仕置……なんて」
そう、ずっと気になっていたのは、優しかった彼が突然豹変した事。
何が彼をそうさせたのか知りたかった私は彼の答えを待つ。
「……そ、それは……」
「それは?」
「お前が……他の男と親しげに話してるの、見たからだよ」
「え?」
「アイツだよ、横河」
「横河さん?」
彼の言う横河さんというのは、SBTNエンターテインメントの中で一番と言われる優秀なマネージャーで、私にとっては大先輩にあたる人。
「アイツとしょっちゅう話してるの見た……。飯にも誘われてたしよ」
確かに、横河さんは私が入社当時から良くしてくれたし、何度か食事に行った事もあるけれど、それはあくまでも仕事の延長というか、マネジメントのイロハを教えてくれる為。
「横河さんは私にとって大先輩だし、仕事でお世話になってるだけだよ?」
心配する事なんて何も無いのだけど、どうやら彼は気に入らない様で、
「俺は嫌なんだよ。アイツ、絶対お前に気があるし」
「そんな事ないよ」
「いや、絶対ある! いいか? 今後アイツと二人きりで飯とか絶対行くなよ?」
二人きりにならない様に念を押してくる。
「……分かった。でも、仕事でどうしても必要な時は大目に見てね?」
「……その時は、俺も同伴する」
「もう、雪蛍くんったら」
彼の意地悪はどうやら嫉妬から来ていたものらしく、それを知った私は微笑ましく思った。
「ありがとうね、雪蛍くん」
「な、何だよ、急に」
「心配してくれてるんだよね。嬉しいよ」
「……あっそ」
「私、雪蛍くんのマネージャーになれて良かった。仕事はまだまだだけど、これからも期待に応えられるよう頑張るね」
「……お前は十分頑張ってるよ」
「え?」
「つーか、俺のマネージャーはお前にしか務まらねぇの。だから気負うな。これからも今まで通りでいいから」
「雪蛍くん」
「仕事でもプライベートでも、俺のサポート頼むぜ、莉世」
彼はそう言って私の顎を軽く持ち上げると、唇を重ねてくる。
意地悪でヤキモチ妬きの彼を、私はこれからも放ってはおけないの。
だって、彼の事が――誰よりも大好きだし、不器用な彼の愛情は、私にしか受け止めきれないと思うから。