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俺が小さい頃、両親は死んだ。
2人の最後に俺はいなくて、気づいたら知らない土地で年に1回しか合わない様な親戚と暮らしていた。
両親の顔は覚えていない。
それぐらい俺は幼かった。
それと俺には兄弟がいる。
多分男、ぐらいしか覚えてない。
その兄弟は俺より離れた親戚の家に言ったらしく、親戚の集まりにも来ない。
だから俺たち兄弟は、もう10年近く離れて暮らしている。
会いたい、それはもうすっごく会いたい。
だけど俺は兄弟の名前も顔も知らないわけで、向こうが覚えてなかったら兄弟だって認識できないけど。
いつか、一緒にバレーしたい。
┈┈┈
ついに来た合宿の日。
俺たち烏野高校は東京に来ていた。
今回は烏野、音駒、梟谷の3校。
相手は強豪だ。
盗めるものは盗みたい。
菅原「日向大丈夫か?緊張してねえべか?」
日向「ウス!大丈夫です!」
大地「菅、最近過保護すぎるぞ」
菅原「えー!可愛い後輩だべ?!」
大地「まあそうだが…」
菅原「日向は俺に構われるの、いや?」
日向「いやじゃないっす!!」
菅原らにこりと大地にわざとらしい笑顔を送った。
大地はハア、と何度目か分からないため息をつく。
菅原の過保護っぷりは後輩、特に日向に発動するらしい。
日向「…」
菅原「ん?どうかした?日向」
日向「あ、いえ!なんでもないです!」
日向は、会えない兄弟を思っていた。
兄弟が年上なら、こんな感じで甘やかしてくれるのかな。
年下なら俺が甘やかすのかな、と。
西谷「もうすぐっすね!」
東峰「うん、楽しみだね」
ここは東京。
彼らを待ち受けるのは、大きな壁だろう。
┈┈┈
黒尾「よっツッキー!」
月島「やめてください」
黒尾「つれないですな〜」
木兎「そうだそツッキ〜」
月島「…」
月島はこの合宿に乗り気では無い。
バレーはしたいし、楽しい。
だがこの人らの性格が非常に合わないのだ。
月島「赤葦さん、助けてください」
赤葦「………悪いな」
赤葦は木兎の機嫌をここで損ねる訳には行かない。
もし拗ねた場合非常にめんどくさいのだ。
月島「…孤爪さん」
研磨「翔陽、元気?」
日向「おう!研磨も元気そうで良かった!!」
月島は逃げ場を失った、いや元々無かったのかもしれない。
山口に目をやるも、山口は夜久さんやリエーフと話している。
お前は信じていたのに…。
日向「…」
最近、日向の様子がおかしいように感じる。
月島の目に、いつもの元気さが映らないのだ。
まあ元気っちゃ元気だ。
だが超がつくほどの元気さが見られない。
あのチビどうしたんだ?
それが月島の心境だ。
そん日向は、1人の男が気になっていた。
その名は黒尾鉄朗。
彼はどことなく胡散臭い。
だが主将らしくチームを率いる立派な人だ。
それゆえなのか、すごく気になる。
なんかこう、本能的に。
もしかしたら俺の兄弟か!とも思ったが俺の兄弟があのトサカヘッドなら俺は忘れないだろう。
だからあの人は兄弟じゃない。
ただ、気になるだけ。
そんな時、黒尾鉄朗はあまりの熱烈な視線にどうするべきか悩んでいた。
相手の名前は日向翔陽。
因縁のある烏野高校の1年で、変人コンビの片割れ。
以前の合宿で仲良くなった覚えはあれど嫌われる、恨まれるような覚えはない。
本当にどうしちまったんだチビちゃん。
研磨「翔陽。」
日向「ん?」
研磨「いつもより元気ないよね、大丈夫?」
日向「えっ、そう見える?」
研磨「うん」
研磨の発言を受けて黒尾は日向の様子を思い出す。
熱い視線…以外に変化はないように思えた。
研磨「体調悪い?」
日向「それは大丈夫!元気!」
研磨「…そう、無理はしないでね」
日向「おう!ありがとうな!」
黒尾には日向は特に体調が悪そうには見えなかった。
ジャンプも、変人速攻も、いつもどうり。
だが幼馴染の観察眼は誰よりも信頼していた、だから黒尾は日向に声をかけることにした。
黒尾「チビちゃんちょっとこっち〜」
ちょいちょい、と手招きして日向を体育館の縁へと呼び出した。
日向「?どうかしたんですか」
黒尾「いや、勘違いかもしれんが、チビちゃん俺の事結構見てきてんな〜と思ってな?」
日向「あ、すんません!!集中力落ちましたよね!マジスンマセン!!」
黒尾「いやいや!謝んな!お前んとこのオカンとオトンが怖いから!」
日向、すなわち烏野高校のオカンとオトン。
言わずもがな大地と菅原である。
日向「、あまり関係ない話っすけど、いいすか」
黒尾「ん?うん」
黒尾は何か事情があったとは思ってもおらず、少し動揺した。
日向「…俺兄弟がいるんす」
黒尾「えっと、夏ちゃんだっけ?」
日向「あっいえ!夏とは血繋がってなくて」
まさかのディープな話に黒尾は場所を変えるべきかとすら思った。
日向「俺、小さい頃に両親死んでて、遠い親戚の家で暮らすことになったんです」
黒尾「…それはまた」
日向「ッス、で、両親と生活してた時に兄弟…年上か年下かすら分かんないすけど、男の兄弟がいたんです。」
黒尾「…俺が似てた?」
日向「あ、いえ!ついこんな兄弟だったら、とか思っちゃっただけで!」
えへへ、と照れながらそう告げる日向に黒尾は柄にもなく頬を赤らめた。
実を言うと、黒尾は兄弟という絶対的な絆に憧れていたのだ。
そしてふと脳裏を過ぎる日向の兄弟。
こんな素直な子、なかなかいねえぞ?
届きもしないのは承知の上、ただ思わずにはいられなかった。
日向「黒尾さん?」
黒尾「あ、悪ぃなチビちゃん」
日向「いえ!お疲れでしょうし、」
眉を吊り下げて申し訳なさそうにする。
それを遠目で見ていた男が1人。
研磨「ちょっと、黒」
珍しくずしずしと歩く研磨に何事かと音駒がザワついた。
研磨「邪魔」
黒尾「あら、研磨くんは寝不足ですか?」
研磨「…」
黒尾「ゲームでもしてたんだろ?昨日何時に寝たか言ってみ?」
研磨「…11」
黒尾「嘘は良くないな」
研磨「、4時」
黒尾「で、朝6時起床。ほぼ寝てねえじゃん」
突然始まったやり取りに日向は困惑した。
ただ、黒尾に年上としての立場を感じた。
言葉に表しにくいのだが、観察眼とでも言おうか。
相手を見て気づく。
相手の嘘を見抜く。
相手を思う。
それは先輩、リーダー、姉、兄に必須の。
日向(黒尾さんが、兄ちゃんだったら)
そう思ってしまうのは、許して欲しい。
プルルルル
プルルルル
その時だった。
誰かのスマホが、鳴っている。
木兎「ん!誰のケータイだ??」
赤葦「俺のじゃないです、多分烏野の場所からだと思います。」
確かに着信音は烏野のカバンが置いてある方からする。
谷地「あ!日向のスマホです!!」
それを聞いて日向は慌てて自身のカバンの元へと駆けつけた。
日向「谷地さんありがとう!あ、キャプテン!!今電話いいですか!!」
バタバタと忙しく日向は体育館を駆け回る。
澤村「部活の時間も終わってるし、なんの問題もないよ。」
日向「あざス!!!」
そして日向はその場で電話に出た。
ちょっとお行基というか、マナー的によろしくないかもしれないが、そこがまた日向らしい。
日向「…?」
一瞬、日向に困惑の表情が浮かんだ。
どうしたんだろうと思っていると、すぐに日向は電話に出た。
日向「あの、もしもし?」
電話に気を使って、体育館がしんとしている。
日向「…あの?」
『もしもし』
ビクッと日向の方がはねた。
どうやら操作しているうちに、スピーカーにしていたらしい。
そりゃ耳元でスピーカーなら驚くだろう。
日向「えっと、ドナタデショウカ」
『俺、分かんない?』
日向「んーー、スンマセン」
『そっかしばらく会ってなかったもんね』
日向「しばらく?」
『うん』
ここで日向にひとつの可能性が生まれる。
相手の声は男性。
自分とは知り合い。
しばらくあっていない人物。
まさか
日向「…兄弟?」
『、覚えててくれたんだ』
いた。
俺の兄弟。
そんな感動が日向に押し寄せた。
兄弟だ。
俺の兄弟がいた。
日向「あの!何歳ですか!!」
『お前の2個上。』
年上、つまり
日向「兄ちゃん?」
『うん』
日向は歓喜した。
それはもう、周りが見えなくなるぐらい。
兄ちゃんができた!
俺に兄ちゃんがいた!
日向は実を言うと、黒尾を見てから兄弟は兄ちゃんだったらいいなと思っていた。
『元気そうでよかったよ』
日向「っ俺も!あ、名前!名前知りたい!」
『俺は佐藤光彦』
日向「みつひこ」
『うん』
日向「俺!日向翔陽!!」
『翔陽。』
パァ!!と日向はそれはもう幸せを噛み締めていた。
日向「あの!どこ住みですか!!」
『あはは、兄弟なんだからタメ口でいいよ。翔陽はどこに住んでるの?』
日向「俺は宮城!烏野って高校のバレー部!この前インハイ出た!!」
『そっか、凄いね翔陽。俺は東京だよ』
東京
会える距離。
今なら、会える場所。
日向はもう衝動を抑えるのに必死だった。
日向「あの!会いたいデス!!」
『うん、俺も。』
日向「いつ!いつ会える!?」
『んー、俺はいつでもかな』
日向「俺!今合宿で東京来てて!!」
『えっほんと?』
日向「うん!!今部活終わったから、あ、許可出たらだけど、すぐ会いたい!!」
『嬉しい。待ってるね』
日向「あ、今監督いるから聞いてくる!!」
ばっと顔を上げて監督を日向は捉えた。
すぐに説明、許可を求めようとしたがその必要は無い。
だって会話は体育館に響いていて、筒抜けだったのだから。
武田「そうですね、ですが夜は危ない。それも見知らぬ土地ですから」
日向「っでも」
武田「ですので、僕がお送りするという条件付きで許可します」
日向「っはい!ありがとうございます!!!」
返事を貰ってすぐ、日向はまたスマホとにらめっこを始めた。
日向「許可出た!すぐいく!」
『良かったね、家だと分かりにくいだろうし、新宿駅集合でどうかな』
日向「うん!」
『楽しみにしてる』
ポン、と音を立てて会話は終わった。
月島はこの会話に違和感を感じていた。
ただ、その違和感を気のせいだとスルーすることにした。
この判断を、月島は後悔することになるとも知らずに。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
時は少しすぎ日向と武田先生が新宿に向かうため体育館を後にした頃。
研磨「…ねえ黒」
黒尾「ん?どうした研磨」
研磨「さっきの電話、やっぱり変だ。」
そろそろ片付け終わりそうだと体を動かしていた黒尾を研磨が止めた。
黒尾「変?」
研磨「うん、あの電話の相手、翔陽の情報を聞き出すように話してた。」
黒尾「…チビちゃんの情報を集めてた」
研磨「翔陽は素直だから、自然に話してて気付きくのに遅れた。俺の落ち度だね。」
黒尾「いや、お前はよく気づいた。チビちゃん達が出てってから20分ぐらい経ってる、ここから新宿までは30分ぐらいかかるだろ?まだ間に合う」
そうと決まれば、と黒尾は研磨に他のメンバーにも話しを通すように指示して黒尾自身は武田先生らに連絡を試みる。
プルルルル
プルルルル
…
プルルルル
プルルルル
…
プルルルル
プルルルル
…
『おかけになった電話はおでになりません。ピーっという発信音』
ダメだ。
思わず舌打ちをした。
ここから新宿まで通常30分か、場合によっちゃもっと掛る。
だが今は夜中だし、昼間よりは車も人も少ない。
信号を上手く交したなら20分で着くことも可能性としては有り得る。
まさか手遅れだったのか。
嫌な想像をしてしまう。
澤村「黒尾、話は研磨から聞いた。」
黒尾「…澤村か」
澤村「孤爪には感謝しきれないな、どうだ?電話。」
黒尾「残念ながら繋がらないネ」
澤村「、どうするべきか」
監督に頼み込んで車で追うか?いやダメだ。
今更行ったところで追いつけるわけが無い。
黒尾「…詰みか」
澤村「黒尾」
黒尾の顔をも見ずに話し出した。
澤村「お前はこのまま武田先生に電話をし続けてくれ、山口!お前は日向に電話を頼む!」
山口「はい!」
澤村「月島と菅は監督に頼んで駅まで車で向かって、そこから新宿まで電車で向かってくれ」
月島「はい」
菅「おうよ!!」
澤村「清水と谷地は菅の連絡を学校で待ってて欲しい。必要に応じて警察に連絡を頼む」
谷地「ひゃい!」
清水「分かった」
澤村「成田、木下、縁下は音駒の奴らと合流。この場にいない奴らの安否確認。その後田中と旭、西谷と合流して清水と谷地さんのサポート」
成田「はい!」
木下「はい!」
縁下「はい」
澤村「田中と旭、西谷は体育館の残りの片付け、戸締りをチェックした後は分かるな?」
西谷「ウス!!」
田中「はい!!!」
旭「うん、」
澤村「俺は孤爪を連れて職員室で監督に話をしてくる。解散!!!」
…
流れるように散っていった烏野面々に、黒尾はギョッとした。
こいつらは烏じゃなくて蟻だったのか?澤村は女王蟻??なんて。
黒尾「っくそ、情けねえな」
澤村がキャプテンだから?俺もキャプテンだろうが。
しっかりしろ、俺。
黒尾「研磨!監督んとこ頼む!」
研磨「…黒、ダサ」
黒尾「うっさい!!」
そうして研磨を送り出す。
さて、ここからが俺の仕事だ。
片手で武田先生に連絡を試みつつ、こいつらの心のサポートをする。
黒尾「そこの烏野3人組!音駒は俺に任せていないヤツら探してこい!」
縁下「あ、はい!お前ら行くぞ!」
木下「おう!」
黒尾「んで、お前らチビちゃんが心配なのは分かるが落ち着け」
リエーフ「でも、日向!夜久さんよりもちっちゃいんすよ?!イデッ”」
夜久「黒尾の言う通り落ち着けアホ」
黒尾「まずチビちゃんが絶対危ない目に遭うわけじゃない。あくまで可能性の話だ」
リエーフ「可能性、」
黒尾「兄弟感動の再会!みたいな展開も十分ありえるっつー話。」
夜久「本当に電話相手が日向の兄貴だったかもだからな」
リエーフ「…そうッスよね、なんか落ち着いてきました!ありがとうございます!!」
なんとか持ち直したリエーフ。
黒尾は自分で言った言葉を今一度噛み締めていた。
相手が本当に日向の兄弟かもしれない。
この言葉、違和感が気持ち悪いぐらい働いている。
┈┈┈┈
武田「もうすぐ新宿ですよ」
日向「本当?!」
体育館を出て直ぐに武田先生の車に乗りこみ、日向は新宿へと向かっていた。
その道、まるで日向を兄弟の元へ導くように信号が緑色であった。
運命だ。
そう、日向は感じている。
日向「どんな人なんだろ」
電話越しでしか話したことの無い兄ちゃん。
それも先程、初めて話した。
武田「…僕には兄弟がいませんので、お二人の気持ちは分かりません。ですが電話をかけてきたということは日向くん、貴方を一生懸命探していたのではありませんか?」
日向「俺を、探してた」
心がふあふあと、暖かい。
兄ちゃんが俺を探してくれていた。
その事実が、日向の心にジーンと染みた。
武田「着きましたよ、新宿駅。」
新宿駅
夜なのに人が大勢。
あれ、まずい。
日向「兄ちゃん、どれ?」
武田「…都会を舐めてましたね」
夜だから人がほとんど居ないと思い込んでいた。
武田「お兄さんに電話をかけることはできませんか?」
日向「!やってみます!」
プルルルル
『…もしもし』
日向「!兄ちゃん!」
『翔陽、今どこ?』
日向「新宿駅着いた!兄ちゃんどこ?」
『俺は駅の…あ、翔陽の車って黒?』
日向「えっと…うん!黒!!」
『なら大丈夫。見つけた、降りてきて』
日向「うん!早く会いたい!!」
『…先生も一緒なんだよね』
日向「?うん」
『ごめん、2人で会いたい』
日向「それなら大丈夫!ね」
武田「はい、感動の再開ですからね」
『ありがとうございます』
日向「俺行きますね!」
武田「はい、行ってらっしゃい」
…
日向「降りたよ!どこ?兄ちゃん!」
『あはは、可愛いね翔陽。』
日向「え?!嘘もう見られてる?!」
『うん、今翔陽の向いてる方に、黄色の看板のお店あるでしょ?』
日向「黄色…あ、あった!」
『その横の道、ちょっと狭いけど2人で話したいから』
日向「分かった!向かう!」
『うん、待ってる』
ワクワクする。
兄ちゃん、兄貴、兄さん。
どんな人なんだろう。
俺の2個上なんだから、高校三年生。
ちょっと太ってたりするのかな、だったら笑ってやろう。
ムキムキだったら、腕相撲を申し込もう。
あ、身長どれぐらいだ?俺より高いのかな。
この会えない期間で構成された兄弟の像。
もしかしたら全く想像と違う人かもしれない。
でも、それでも俺の兄ちゃんだ。
日向「兄ちゃ」
勢いよく、日向は暗闇へと体を進めた。
そして初めて捉えた人影。
『やあ、待ってたよ』
その声は電話のあの人のもの。
日向「…」
服装はタンクトップに短パン、サンダル。
お腹だけ不自然に出ている、薄汚れた体。
手入れされていないだろう無駄毛。
曇って目がよく見えないメガネ。
そして歳のせいだろう、頭皮が見えてきている頭。
どの要素も、高校三年生のものでは無い。
まるで4、50ぐらいの…。
『ふふ、可愛い。』
日向「あ、えっと」
『俺だよ、翔陽のお兄ちゃん』
日向「いや、あの」
『そんな怖がらないで、やっぱり想像とは違った?』
日向「…」
恐怖で言葉が出なかった。
怖い。
やっぱり高校三年生じゃない。
『んふ、兄ちゃん、翔陽と会ったらしたいことがあったんだ』
日向「した、いこと?」
『うん、気持ちいいこと。』
ぞわり。
身体中に鳥肌が立った。
やばい、逃げなきゃ。
日向の自慢の足は、ピクリとも動くことは無かった。
『近くで見ると、すごく可愛い。』
日向「い…や、」
『安心して、身を委ねて』
日向「やめっ…」
怖い。
日向の体を、恐怖で蝕む。
『ふふ、足…細いね』
触れられた足がゾワゾワとして気持ち悪い。
逃げ出したいのに、体が言うことを聞かない。
『翔陽、試合頑張ったね』
日向「っえ、」
『見てたよ。こんな細い足で、こんな小さな体であんなに飛んでたんだね』
いつ。
一体、この人は俺の事をいつから見ていたのだろう。
『初めて見た時、運命だと思ったんだ』
日向「ひっ…」
『それで電話をかけたら、まさか僕らが兄弟だったなんてね』
違う
俺の兄ちゃんは、お前じゃない。
そう言いたいのに、声が出ない。
『好きだよ、翔陽。俺の弟。』
日向の小さな体に覆い被さるように、男がいた。
そしてこれから食事でもするかのように、舌で唇をなぞった。
日向「…」
もう、ダメだ。
そんな時に頭によぎったのは、中学上がりたての頃に出会った、小さな巨人。
おれも、あんなふうに
日向「っお前はッ、俺の兄ちゃんじゃねえ”!!」
『っ!!』
やってやった。
日向は男を思いっきり突き飛ばした。
ただ体格差もあって、手が離れるぐらいしか結果は得られなかった。
『…だ』
日向「っお前は!お前は違う!!」
『い…』
日向「俺の兄ちゃんはッ、ちがう!!」
『いや、だ』
日向「お前はっ…」
ぐちゅ。
お腹が、熱くなった。
日向「っえ、」
『翔陽が、いけないんだ』
日向は、やっと理解した。
自分は男に刺されたのだと。
この赤は、自分の血なのだと。
『翔陽、俺のじゃない翔陽なんていらない』
日向「う”ぁ”」
じんじんと熱がこもって、苦しい。
血が、止まらない。
『翔陽、俺の翔陽。』
日向「や”」
『俺の翔陽でいてね』
男はそう告げると、近くにあったゴミ袋から中身を出した。
『さあ、帰ろう翔陽。』
なんだかぼーっとする。
意識が、持っていかれる。
『ふふ、俺はその目、好きだよ』
目がチカチカとして、眩しい。
夜なのに、太陽が見える。
『翔』
「「日向!!!」」
日向「……」
幻聴だったかもしれない。
俺はそこで意識を手放した。
┈┈┈┈┈┈┈
菅原「監督っ!!!」
月島「烏養監督!緊急です!!」
烏養「うおっ、お前らどうした?」
職員室で事務作業をしていた烏養の元に、菅原と月島が駆け込んできた。
もう夜になろうとしているこの時間。
合宿の夜と言えば学生にとっては青春そのものだろうと気を使って離れたというのに。
烏養はため息を漏らした。
菅原「説明はしますので、とりあえず一緒に来てください!」
烏養「行くってどこに?」
月島「新宿!!急いでください!」
烏養「新宿?!っておい!」
バタバタと駆け出していく2人に、烏養は仕方がなくついて行く。
そして何故か2人を乗せて、最寄りの駅まで車を出すことになっていた。
烏養「…説明、」
菅原「日向が危ないです」
烏養「日向が?!」
月島「はい、まだ確定では無いんですけど、日向のストーカーの可能性が極めて高い相手です。」
烏養「…話が見えないんだが」
菅原「話すと長くなるんですけど」
そこから菅原は経緯を話した。
日向の兄弟のこと。
日向にかかってきた電話のこと。
どうして新宿に向かう必要があるかということ。
烏養「…なるほどな」
月島「はい」
菅原「相談もないしありがとうございます」
烏養「いや、懸命な判断だ。よくやった」
菅原「ありがとうございます、月島も」
月島「…ありがとうございます」
烏養「帰ったら澤村も褒めたらんとな」
走行しているうちに最寄り駅に着いた。
月島「…菅原さん、電車得意ですか?」
菅原「…宮城なら」
月島「…ここ東京ですよ」
菅原「…月島はどう?いけそう?」
月島「…無理に決まってんじゃいないですか」
菅原「…」
月島「…」
烏養「はぁ、別に詳しい訳じゃないが、お前らよかは使い慣れてる。着いてこい」
菅原「あざす!!!」
月島「さすが、頼りになりますね」
烏養「こういう時だけ調子づきやがって…」
はぁ、とため息を吐き出して電車に乗り込む。
幸い全員がマナカを持っており、スムーズに進むことが出来た。
日向や影山なら後輩がなかっただろうと菅原は思う。
そして時間は一瞬で過ぎるもので。
烏養「!あれ武田先生の車だな」
月島「僕は知らないんでなんとも」
菅原「俺も見たことないです」
烏養「…まあ大丈夫だろ」
烏養「よし、ビンゴ」
トントントン
ゥィーーー
武田「あれ、どうされました?」
きょとんと何が起こっているのか理解していない武田に、烏養はバッサリと説明をした。
と言っても菅原に言われた内容をほぼそのままに。
武田「…」
血の気が引いていく。
待て、日向くんが車を出て何分だった?
時計を確認していないが、15分近くは経ってるはず。
ならば日向くんは、もう…。
菅原「武ちゃん」
武田「、菅原くん」
菅原「諦めんのは早いべ。」
僕も落ちたものだ。
生徒に、高校生にこんな励まされて…いや違う。
生徒だからなんだ。
ここにいる菅原くんは、僕よりも先にいるのだろう。
ならば大人として負けていられない。
武田「ありがとうございます菅原くん」
菅原「?はい」
月島「話終わりました?早く動かないとヤバンデスケド」
烏養「そうだな 武田先生、日向どこいったか分かるか?」
武田「…奥に行くところまでは見届けましたが、それからは…。」
烏養「まあ知らねえわな」
武田「すみません、」
烏養「いや、時間が持ったいねえな…。歩いて探すぞ」
さてさてと車をおり、武田と捜索を開始しようとしたその時。
月島「…あ」
菅原「?どうかしたべ」
月島「…すっかり忘れてました」
ガザガサと月島らしくない乱暴な様子で持っていていた小さなカバンを漁る。
月島「これ」
菅原「…ってGPS?!なに?!お前日向のっえっ?!」
武田「月島くん、流石に…」
烏養「庇いきれねえが、まあ良くやった」
月島「違いますから!!」
これは、あの日。
𓂂𓏸𓂂𓏸𓂂𓏸(この中は読まなくてもOK)
日向「なあ影山!」
影山「あ?トスならもう上げねえぞ?」
日向「違ぇって!キャプテンに怒られんだろ!」
影山「ならなんだよ」
日向「あ、えーっと、ん?」
影山「…帰る」
日向「待てって!あ、そうだコレコレ!!」
影山「…んだそれ」
日向「え?!お前知らねえの?!」
影山「知らねえ」
日向「うそ?!あ、山口!月島!!」
山口「どうしたの?日向」
月島「…山口のバカ」
山口「へへ」
月島「はあ、バカって言われて照れるとかどうなってんの?」
日向「なあなあ!!お前らこれ知ってるよな?!」
山口「…あ、懐かし〜!」
月島「これ山口持ってたよね」
山口「うん!一時期流行ったよね〜」
月島「今だからっていうか前から思ってたんだけど、発信機でしょ?これ」
山口「発信機…まあコナンメガネのパクリ商品だしね」
月島「結局著作権どうたらで生産してないんでしょ今」
山口「結構すきだったのになー、野良猫とかに引っつけてどこにいるのか見たりするの」
月島「何それ、猫もいい迷惑でしょ」
山口「ツッキーのお兄ちゃんのアイデア」
月島「…ほんとに知りたくなかったんだけど」
日向「ほら!!影山だけだぞ知らないの!」
影山「知らねえもんは知らねえんだからしょうがねえだろ」
山口「確かに影山がこれで遊ぶの、想像できないかな〜」
月島「幼少期があったのかすら怪しいよね王様は。」
影山「あ”?月島の方が想像できねえだろ」
山口「え?!ツッキーはすっごい可愛かったんだよ?!写真あるから見せるね!」
月島「バカ口ほんとに辞めて」
山口「ごめんツッキー!!」
日向「…あ!なあなあ!!」
月島「待って、嫌な予感するから」
日向「これみんなで分けて持っとこう!」
影山「あ?めんどくせえ」
日向「これだから影山くんは…」
山口「面白そうだね!ね!ツッキー!」
月島「…はあ、今回だけネ」
山口「ツッキー!」
日向「んじゃメガネは月島な!」
月島「はあ?なんで」
日向「だってメガネは月島だろ?」
月島「どういう思考回路してるの…」
影山「?メガネは月島だろ」
月島「…馬鹿しかいないんだけど」
山口「まあまあ、ツッキーが持っとくのでいいんじゃない?」
月島「なんで」
山口「日向と影山、無くしそう」
月島「…………はあ、僕が持っとく」
山口「ふふ、ありがとうツッキー!」
𓂂𓏸𓂂𓏸𓂂𓏸𓂂𓏸𓂂𓏸𓂂𓏸
あの日の出来事が、脳裏をすぎる。
馬鹿げた遊びだと思ったけど…。
月島「…まあ、色々あったんで」
チビの遊びも、たまには役立つんだな。
偶然だけど。
菅原「何はともあれ、これで日向の居場所が分かるべ!」
烏養「ああ、使えるか?月島」
月島「はい、まだバッテリー生きてるみたいです」
本当は使いたくなかったけど、まあ仕方がない。
アニメで見るコナンのように、メガネをかけてアンテナを伸ばす。
そしてカチッとボタンを押してGPSを捉える。
黄
緑
青
赤
それぞれの色が光る。
黄色は僕
緑は山口
青は影山。
赤は、日向。
月島「…近いですね」
武田「方向は分かりますか?」
青があるのは学校の方。
なら赤がいるのは。
月島「北北東、裏路地から少し行ったところらへんです」
そこからは早かった。
全員が一致団結、GPSはすぐそこだ。
だが、月島には不安要素がひとつ。
GPSがずっと動いていない。
確かに話し込んでいるなら有り得るだろう、ずっとその場にいることだってある。
ただ、このGPSは…ずっと震えている。
ぶるぶると、まるでバクったかのように。
月島「…動いた」
GPSが急に動き出した。
先ほどより大きく揺れた、そう思った次の瞬間。
そしてGPSはさらに奥へと進んでいく。
月島「早く合流しましょう、嫌な予感がします」
これが本当に日向の兄なら、もしもこれが日向の兄ではなくストーカーだったら。
嫌な汗が額を伝う。
菅原「うちの10番になんかあったら、俺も大地もソイツを許せん」
月島「…それはみんなそうでしょうね」
仮に巻き込まれたのが日向ではなく月島でも、菅原ら同じようにするだろう。
山口でも、清水先輩でも。
彼はそういう先輩なのだ。
月島「本当にこの人が日向の兄でも、性格終わってたらそこまでですから」
菅原「そうだべな、 で月島はいつ兄貴紹介してくれんべ?」
菅原のその発言は聞かなかったことにして、月島はGPSを追う。
あと少し。
あの少しで。
月島&菅原「「日向!!!」」
久々に見た日向の姿は、ゴミ袋の中にあった。
そのゴミ袋は男が背負って運んでいる。
意味がわからない。
男『翔陽、かわいいね』
日向「…」
何も言わない、何も言えないのだ。
日向の顔には、もう生気はない。
途端に頭が熱くなった。
月島「このッ」
右腕を振りかぶった。
しかしー。
菅原「ダメだ、月島。」
月島「っ離してください!」
菅原「ダメだ。」
月島「なんで!!」
菅原「春高、出れなくなるべ」
登った血が少しずつ、下がっていく。
確かにそうだ。
ここで暴力沙汰なんか起こしてみろ、僕どころか烏野高校バレー部が春高の出場資格を剥奪されてしまう。
そんな事してみろ。
インハイを終えてもなお残ってくれた先輩達が、あまりに報われない。
僕の考えが足りなかった。
理解はできたが、納得は行かなかった。
烏養「おい」
…
烏養「おっさん」
…
烏養「テメェだよクソ野郎ッ」
見慣れないコーチの様子に心臓がびくりと跳ねる。
烏養は男の肩を掴み、逃がさない…
男『はあ、なんですか』
めんどくさいを隠そうともしない男に、菅原は拳を握りしめる。
烏養「なんですかはないだろ?うちの生徒ゴミ袋に詰めて、誘拐と来た。」
そこで初めて月島はハッとした。
今まで不審者として見ていた男は、既に立派な誘拐犯ではないかと。
男『誘拐?この子は俺の弟、誘拐もクソもありません』
烏養「弟、ねえ?」
男『ええもちろん。』
烏養「俺もはどーも兄弟にはみえねえんですわ」
男『…失礼ですよ?』
武田「これは申し訳ない、申し訳ついでにDNA鑑定でも取りにいきましょうか?」
男『遠慮します』
武田「そしたら警察呼びましょうか」
男『…お前、失礼だとか思わない?』
武田「いえ、ただ生徒の安全を第1に考えておりますので。」
武田先生のこの圧はなんなのだろうか。
いつもはふあふあとしていて、正直頼りない武田の背中が、今だけ大きく見える。
男『急いでいるので』
烏養「っちょっと待て!」
伸びる手が届く前に、武田先生がその手を止めた。
武田「こういう相手には触るだけでも騒がれてしまいす。」
烏養「…まあそうか、悪ぃ」
ここまでは順調、しかし月島は気づいてしまった。
(なんだろ、この匂い。)
鼻にツンとくる、薄い匂い。
それは段々と濃くなっていく。
違和感程度だったその匂いの正体が、段々と明らかになっていく。
月島「…鉄」
これが、濃い鉄の匂いだと気づいた。
つまり血を流した人が近くにいる。
誰だ、と疑問に思う訳もなく。
月島「先生!!日向、怪我してます!!」
この場にいる中で怪我をしている可能性のある人物は日向しかいない。
烏養「っこの匂い、マジだ武田先生!」
今頃気づいた烏養コーチがそう叫ぶ。
菅原の顔からも血の気が引いていた。
武田「うちの、生徒になにしてくれてんだ」
そこからは、正直よく覚えていない。
怒った武田先生が、相手を拘束。
呼んであった警察に誘拐犯を預けて、ゴミ袋に入っていた日向を救急車に乗せて病院へ。
予想通りなのか、日向は腹部をさされていた。
月島らは新宿駅まで戻り、武田の車に乗って日向のいる病院へ。
救急車の付き添いは烏養が担当した。
それが一連の流れ。
これが、たった20分で起きた出来事だった。
揺れる車の中で菅原は学校に残った人達に連絡を入れている。
その様子を見て、月島はこのあまりに濃すぎる20分を走馬灯のように思い返していた。
月島「…」
思い返せば、僕は何もできていない。
なんのためについていったのか。
学校に残った先輩方に面目が立たない。
…
車は病院に着くまで、静寂に包まれていた。
┈┈┈┈┈
菅原「コーチ!日向は!」
病院に着くと、受付の看護師が日向の手術室まで案内をしてくれた。
手術室の前に、烏養はいた。
烏養「…落ち着いて、聞いて欲しい。」
ドクリと、心臓が波打った。
まさかと最悪のシナリオが過ぎる。
烏養「日向のやつ、搬送中に心臓、止めやがった」
指先が、冷えていくのをひしひしと感じる。
頭が真っ白になって、思考が鈍る。
烏養「その後、また動き出したんだが、出血が多くて危険な状態らしい」
その時、武田の顔色が急激に悪くなった。
武田「そ…んな」
烏養「…武ちゃんはもう知ってんのな」
菅原「なんか、あるんすか」
ごくりと喉を鳴らす。
呼吸すらままならない緊張感が、ここにはある。
烏養「…日向の血液型、知ってるか?」
…
烏養「あいつの血、人口の数%しかいねえんだと」
月島の考える最悪のシナリオは、最悪ではなかったことを思い知る。
烏養「あいつの血液のストック、足りないらしい」
明確で、非現実的で、何よりも現実的なそれは今、日向と隣合っている。
死。
生物としての、終わり。
大地「っお前ら!日向は!!」
そこにちょうど、看護師に案内されてきた大地ら学校に残っていた面々が到着した。
そして烏養の口から、残酷な事実を伝えられる。
田中「そん、な」
西谷「っ翔陽ッ!!んでっ」
谷地「日向、日向っ」
清水「…日向、」
悲痛な烏野面々の叫びが、場を支配した。
しかし烏野以外にも日向の知り合いは多い。
研磨「…嘘、だよね翔陽」
リエーフ「日向!大丈夫ッスよね?!」
夜久「…10番」
合宿を共にした音駒の面々にもダメージは大きい。
それほどに日向翔陽の存在は大きかったのだ。
場違いにも、そのに1人、希望を持ち続ける者がいる。
黒尾「なあ、武田先生」
武田「?」
黒尾「いやね、チビちゃんの血液型聞いても?」
武田「、rhマイナス型です」
夜久「っ日本人口の0,5%かよ、」
0.5%。
その絶望的な数値に、日向の死を感じさせられる。
しかしここに、2人ほど希望に目を輝かせるものがいた。
研磨「黒、それって」
黒尾「はは、そのまさかだネ」
黒尾はちょいちょいと看護師を手招きした。
不可解な行動は今に始まったことでは無いが、若干の違和感を感じる。
黒尾「俺の血、使ってくんね?」
パッと全員の顔が上がった。
それまでの絶望に飲まれていた空間に、一筋の光が差し込んだ。
黒尾「俺もrhマイナスなんだよね」
あ、一応検査はして欲しいと付け足す。
看護師「申告ありがとう、急いで検査するからこっちへ!」
黒尾「じゃ、その間チビちゃん頼むわ」
いつもの胡散臭い笑顔とは違う、正義の笑顔だった。
┈┈┈
医師「…問題ありません」
看護師「それでは黒尾くん、隣の部屋に来て」
黒尾「はい!」
バタバタと忙しく嵐のように去っていった黒尾らを医師は見届けて、検査の結果をじーっと見つめる。
黒尾鉄朗、彼の名前。
日向翔陽、手術を受けている彼の名前。
実に面白い。
これだから医者は面白いのだ。
医師「2人の血縁関係、共通の両親を持つ兄弟の可能性98%。」
この2人には、運命の糸の導きがあったに違いない。
┈┈┈
研磨「黒、おかえり」
黒尾「…ん」
手術室の前に黒尾が帰ってくる頃には、太陽の光がうっすらと見え始めていた。
もう夜明けだ。
帰ってきた黒尾は、貧血で辛いようだ。
大地「無理に返事はしなくてもいい、ただ聞いててくれ。今回は本当に助かった、ありがとう。」
黒尾「…はは、どーも。」
一斉に頭を下げた烏たちに、黒尾は引きつった笑顔を返した。
これ、結構辛いかも…。
目の前がチカチカと眩しい。
頭がぼーっとして、意識を持っていかれる。
血を抜いてからここまで歩けたのが不思議なぐらい、体に力が入らない。
横になるのも気が滅入りそうだ。
研磨「…」
いつも、こいつは案外可愛い。
黒尾が辛い時は静かに寄り添ってくれる、まるで本当に猫だ。
気づいたらダルい体を動かして、研磨の頭を撫でていた。
手術中のランプはまだ赤い。
看護師「黒尾くん、辛いだろうけど点滴付けるね」
黒尾「ッス」
看護師「後、大事なお話があるんだけど、今にする?落ち着いてから聞く?」
黒尾「…簡単に今、詳しい話は後で」
看護師「分かったわ、お友達はどうしよっか、一緒に聞いててもいい?」
黒尾「まあ、そんな変な話じゃないんなら」
看護師「ええ、きっと嬉しいと思う」
今お医者さん呼んでくるからね、と看護師は立ち去って言った。
研磨「話ってなんだろうね」
リエーフ「まさか悪い病気が見つかったんじゃっ!」
夜久「馬鹿、嬉しいつってただろ」
本当になんの話しだろう。
黒尾はこれでもバレー部の主将として恥じない健康的な生活をしてきたつもりだ。
まさか白血病…いや良いニュースなのだろうから違うことを願う。
病院で血液から分かる良いニュース。
あれか、どっかの大属の血筋!とか。
我ながら馬鹿げた考えだなと思う。
看護師「お待たせしました」
医師「こんにちは黒尾鉄郎くん」
黒尾「ッス」
医師「早速本題に入りたい、いいかい?」
黒尾「…ス」
点滴を入れてから、ほんの少しだが思考がはっきりしてきている。
これなら問題なく聞けるだろう。
医師「君、ご兄弟はいる?」
研磨「……黒は一人っ子だよ」
俺の兄弟事情なんか聞いてなんなのだろう。
医師「実は君の兄弟を見つけてね」
黒尾「はあ?!?!」
体調なんて知ったことか!と体が反射的に前のめりになる。
兄弟?俺に?
てか今更?母さんあの歳で産んだの??
えーーー、なんか複雑なんだけど
医師「その子の名前、聞きたいかい?」
黒尾「そりゃあ、まあ」
医師「聞いたらきっと驚くだろうね、君たち」
はて、君たちとは誰のことだろうか。
この場にいるのは烏野面々と全員では無いが音駒の面々。
俺関係なら音駒だろうか。
医師「日向翔陽くんというのだけどね」
黒尾「待って、本当ちょっと待って」
頭がぼーっとするとかそんなんじゃなくて、本当に。
西谷「???」
田中「は、え?お?」
谷地「えっと、音駒のキャプテンと日向は、兄弟?」
清水「…うん、そういうことになる」
研磨「……翔陽が黒の」
どうやら周りも黒尾と同じく理解が追いつかないらしい。
無理もないと医師は思う。
医師「だから血液型も同じだったのだろうね、まあ親が同じでも血液型は変わることもあるがね」
黒尾「…チビちゃんが俺の弟。」
あ、ダメだ。
頭がヒートして
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
黒尾「…目を覚ますと、そこには知らない天井がって痛えわ研磨!!」
研磨「黒が馬鹿なことしてるからでしょ」
目を開けると、黒尾は病院の一室に寝ていた。
そうだ、チビちゃんの手術は。
研磨「…翔陽の手術は、多分成功」
黒尾「多分?」
研磨「まだ目を覚ましてない、経過観察が必要なんだって。」
そういえば漫画やアニメの「手術は成功です」は基本言わないって聞いたことがある。
黒尾「そか、よく頑張ったな研磨。」
研磨「…俺じゃなくて黒と翔陽でしょ」
黒尾「、お前も十分頑張ってんだろ?おつかれ、研磨。」
研磨「…っ、本当、心配かけないでよね」
黒尾「はは、まあ気をつけるわ」
よしよしとだいぶ楽になった体を起こして研磨を撫で回す。
研磨がこんなになるなんて、何年ぶりだろうか。
研磨「翔陽、起きるよね」
黒尾「…ああ、なんせ俺のオトートだからな」
研磨「翔陽が黒の弟…なんか信じられない」
リエーフ「ッスよね!黒尾先輩胡散臭いし!日向は素直だし!」
黒尾「いたのねリエーフ…」
リエーフ「はい!なんか入りずらい雰囲気だったので見学してましあっ!!」
夜久「悪ぃな黒尾、体調大丈夫か?」
黒尾「ん、だいぶ楽になったわ」
ひどいっす夜久さん!と騒ぐリエーフを横目に、さてさてと本格的に考えなくてはならない。
黒尾と日向は兄弟。
しかも両親とも共通。
そこから導き出される可能性は2つ。
1.黒尾と日向は2人とも養子。
2.黒尾の両親が日向を捨てた。
正直2は考えられないし、考えたくもない。
少なくとも黒尾の知る両親はそんな事する薄情者ではない。
残る可能性は、黒尾と黒尾の両親に血の繋がりがない、ということ。
まあショックではある。
ただ黒尾に血の繋がりがないなら赤の他人だ!という偏見もないので、そこのところは安心して欲しい。
研磨「黒と黒の親に血の繋がりがない、て俺は考えてる」
黒尾「…正直ショックだが、俺も同じ意見だな」
帰ったら家族会議だな。
西谷「おじゃまします!!!」
縁下「こんにちは、黒尾さんが目を覚ましたとお聞きしたので…体調はどうですか?」
どうやら烏野を代表者してこのふたりが黒尾の見舞いに来たらしかった。
黒尾「俺はただの貧血、へーき」
縁下「…後輩の命を救っていただき、本当にありがとうございましたっ」
ぽろぽろと涙を零し始めた縁下にリエーフがオロオロとしている。
黒尾「礼言われる筋合いはねえみてえだぞ?なんせチビちゃんは俺の弟らしいし」
弟。
口ではそう言うが、黒尾はまだその現実を…自分と両親とこ事含めて受け入れられていなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
『日向が起きた』
グループLINEに送られてきたその一文は、バレー好きな高校生達を病院へと駆りたてた。
山口「日向っ!!」
日向「山口!!来てくれたんだな〜!」
やっぱりこの子の笑顔は眩しい。
月島や黒尾の笑顔とは違う、純粋な陽の笑顔。
この子が黒尾の兄弟、あまり想像ができない。
しかし今日はその現実をこの子に伝えなければならなかった。
大地「元気そうで良かったよ、日向。」
日向「はい!色々ありがとうございました!」
大地「…日向、大事な話がある」
びくりと肩を揺らす日向。
突然のディープな雰囲気に肩が強ばる。
大地「黒尾、頼む」
黒尾「ん」
実は黒尾は目が覚めてから、簡単な検査をしてすぐに退院していた。
家族とこの事について話そうとしたが、まだできていない。
黒尾「チビちゃ、いや翔陽。」
ごくりと話す側である黒尾さえも緊張を隠しきれない。
怖い。
得体の知れない恐怖が、不安が、血の気を奪っていく。
指先がひんやりと冷たい。
黒尾「…まず、あの男は翔陽の兄貴じゃない」
日向「、はい」
それは分かっていた、本能で。
黒尾「んでお前の本当の兄貴が見つかった」
日向「…え」
俺の兄ちゃん。
本当の兄ちゃん。
しかし、これまでなかった不思議な感覚が、日向にはあった。
ーー兄ちゃんに、会いたくない。
怖いんだ。
もし本当の兄ちゃんもあの男みたいだったら。
怖いんだ。
兄ちゃんが、俺をどう思うのか。
黒尾「俺が翔陽の兄貴だ。」
時が止まったかのような沈黙。
音駒の、キャプテンが、俺の兄貴…?
日向「…マジすか」
黒尾「マジです」
こうして日向翔陽は、兄貴との再会を果たした。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
黒尾「ちょっと付き合って欲しいことがあるんだが、いいか?」
日向「うす!あ、でもあんま動き回るなって言われてて…」
黒尾「そりゃ腹刺されたら絶対安静だろ」
ちょっと待ってな、と黒尾はスマホを取り出した。
大地「俺らはそろそろ帰った方がいいな」
菅原「そうだべな、日向またな」
黒尾の様子から帰ることを決めたらしい烏野主将に続いて、みんなが帰っていく。
研磨「…黒、俺も帰んなきゃだめ?」
黒尾「……あんまいい話じゃねえぞ」
研磨「うん、分かってる」
何故か残りたいという研磨に、黒尾はひとつため息をついた。
きっと研磨も混乱しているのだろう。
黒尾「…もしもし、駐車場?おー、ん、分かった待ってる」
研磨「もう呼んでるんだね」
黒尾「おう、時間かけたくねえし…」
今話さないと、自分が逃げてしまう気がした。
黒尾「翔陽も悪ぃな、色々あって体も…精神的にもきついだろうに」
腹を刺されたことが印象的だが、日向はストーカー被害にもあっているのだ。
兄貴だと思って会いに行った男が実はオッサンで、変態なら尚更くるものがあるだろう。
日向「いえ!黒尾さんは命の恩人ですし!!」
ぶんぶんと必死に否定する日向は正直可愛らしい。
後輩気質というか、弟気質というか。
コンコンコン。
扉の方から音がした。
黒尾「入って」
そう黒尾が言うと、扉はガラガラと音を立てて、ゆっくりと開いた。
しかしそこには日向にとって知らない女性と男性が立っている。
距離感から見て、恐らく夫婦だろう。
黒尾「これ、うちの両親ね」
黒母「息子がお世話になっております、鉄朗の母です」
黒尾の母親がそう一礼したもので、日向も慌てて礼をする。
黒尾「…単刀直入にいこうか」
じわじわと、空気が重くなる。
まるで受験期の教室だ。
黒尾「俺と、この日向翔陽は正真正銘血の繋がった兄弟らしい。」
黒尾の母親が見るからに動揺したので話を聞いていなかったのだろう。
黒母「そ…うなのね」
黒尾「んで、アンタらと俺で考えられることが2つ。1つ目はアンタらが翔陽を産んだ後、預けた可能性」
そこで日向がきょとんとして、慌ててそれを否定した。
日向「俺の両親はもう亡くなった…ので!それは違うと思います!!」
黒尾「…てことでその可能性はなくなったワケだ。つーことで俺はもうこれしかないと思ってる。」
俺とアンタらに血の繋がりがない。
黒母「…ごめ」
黒尾「謝んな」
少しの沈黙が続く。
黒母「…鉄朗、それに翔陽くん。聞いて」
ゴクリと喉を鳴らした。
黒母「まず、鉄朗。あなたと私達に血の繋がりはありません。」
黒尾「…」
黒母「そして翔陽くんと鉄朗。貴方達は正真正銘、血の繋がった実の兄弟です。」
日向「きょうだい…。」
あれだけ望んだ、兄弟という存在。
しかし今の日向には、手に余るものだった。
黒母「…鉄朗、あなたの好きな様に生きなさい。」
黒尾「…は、」
黒母「あなたと私達に血の繋がりは無い。あなたは私達に縛られなくても、兄弟である翔陽と過ごすことだって」
黒尾「…けんな」
黒母「宮城なら転校とか多少の手間はあるだろうけど、」
黒尾「ッざけんな!!!」
…
黒尾「俺は血の繋がりなんか塵ほど気にしちゃねえんだよッ!ただアンタらと翔陽、俺がどんな関係か、俺の親はどこの誰か、それが知りてえだけだってんのに、んな事言うなよ…ッ」
黒母「鉄朗…ッごめんなさい、」
黒尾「、」
日向「…黒尾さん、スゲェ」
俺なら、あんなこと言えない。
文を構成できたとしても、勇気が無い。
だから黒尾鉄朗は、日向にとって凄い人なのだ。
この人ならーー。
『翔陽』
ーーッ
ダメだ。
俺に、今の俺に兄ちゃんは。
黒尾「翔陽」
日向「ひゃい!」
黒尾「あー、その、なんだ」
かりかりと頬をかく。
その仕草は胡散臭い音駒の主将ではなく、1人の兄貴としてそこにあった。
黒尾「俺はお前と、ちゃんと兄弟名乗りたい。」
日向「兄弟…、」
黒尾「だがもし、翔陽が今まで通り他校の先輩後輩の関係でいたいなら俺はそれでいい」
日向「…」
正直、怖い。
それは黒尾さんが兄貴なのが嫌なんじゃなくて。
俺が兄ちゃんと呼んだあの男は変態で、もし俺がこの人を兄ちゃんと呼んだら、あの人を重ねてしまいそうで。
黒尾「…兄ちゃんって、呼んでくれねえか」
ぎゅっと目をつぶる。
大丈夫。
俺の前にいるのは、あの男じゃない。
覚悟を決めて、喉をこじ開ける。
日向「………にぃ…ちゃんっ!」
精一杯出したその声は、病院で出すにしてもあまりに小さかった。
だが、届いた。
黒尾「翔陽。」
にこりと、まるで太陽のような優しい笑顔。
それは長年思い描いた兄ちゃんの顔。
俺の、兄ちゃん。