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深夜、画面の光だけが部屋を満たしていた。モニターに映るのは、鮮やかなマインクラフトの世界。そして、画面の隅には、彼自身、陰キャ転生というアバターが仁王立ちしている。
「おい、王!その戦い方はねぇわ!俺様がニート部最強ってことを、今日証明してやるぜ!」
張り上げた声は、アパートの薄い壁をすり抜けて隣室に響きそうなほど威勢がいい。視聴者コメントの勢いは止まらない。「転生イキってて草」「口だけは達者だな!」――辛辣な言葉も、彼にとっては賞賛の裏返しだ。
マイクを前に、陰キャ転生は満足げに笑った。彼はこの配信の中での**「自分らしさ」を爆発させたヒーローだ。現実での彼がどうであるかは関係ない。視聴者が求めているのは、この過激で自信満々な陰キャ転生**なのだ。
今日の企画は「サバイバル王決定戦」の最終日。KUNが主催する大型イベントで、勝てば一躍、コミュニティの頂点だ。
「やれるのか、転生?相手は最強のどるぴんだぜ?」
主催者であるKUNが、いつもの冷静だがどこか冷徹な声で問いかける。
「フン、王だろうがなんだろうが関係ねぇ!俺は負けねぇんだよ!」
ゲーム内のキャラクターは猛然とどるぴんに突撃した。その間、陰キャ転生は頭の中でシミュレーションを繰り返す。どう動けばコメントが伸びるか、どう煽れば笑いが取れるか。
(ミスは許されない。完璧に**「陰キャ転生」**を演じきらなきゃ…!みんなが求めているのは、この、自信満々で、絶対にへこたれない俺なんだから!)
しかし、この「演じる」という行為こそが、最近の彼の「困り事」になっていた。
ここ数週間、彼は無理をしていた。配信が終わると、どっと疲労が押し寄せる。それはゲームの疲労ではなく、「完璧な陰キャ転生」を演じ続けることによる心の疲労だった。
ひまじんの虚言や、ペニガキの過激な発言は、彼らにとっては自然な「自分らしさ」だ。しかし、陰キャ転生にとって彼のキャラクターは、「失ってはいけない唯一の居場所」を守るための「鎧」だった。鎧は重く、最近は息苦しささえ感じ始めていた。
(このキャラをやめたら、誰も俺を見てくれなくなるんじゃないか?愛されない自分に戻ってしまうんじゃないか?)
焦燥感が、彼の指先に迷いを生んだ。ゲーム内での対決は熾烈を極めていたが、彼の集中力は限界を迎えていた。
「しまった!」
次の瞬間、彼は痛恨の操作ミスを犯し、どるぴんの攻撃を回避できず、一瞬で倒されてしまった。画面には「敗北」の文字。
配信は騒然となった。コメント欄は「え、嘘だろ」「嘘松やめろ」「転生がミスるわけない」といった驚きと戸惑いに包まれる。
「はは、ざまぁみろ、転生」
KUNの声が響く。
陰キャ転生は、全身の力が抜けていくのを感じた。心臓がドクドクと不規則に脈打つ。
(やっちまった…最悪のエンディングだ。みんなを失望させた。完璧なヒーローを演じきれなかった…)
彼は絶望的な気持ちで、マウスから手を離した。もう、マイクに向かって何かを言う気力は残っていなかった。
「お前、今落ち込む必要ねぇよ。」
その時、KUNからのメッセージが、画面の隅のチャットウィンドウに表示された。
それは、配信とは関係ない、陰キャ転生個人に向けられたメッセージだった。