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一人の夜だった。
俺が逃亡して捕まって、都会のタワーマンションの最上階の部屋に監禁されて、
俺はもう足枷の重さや冷たさ、部屋から見下ろせる都会の美しさにも慣れてきた。
その日は珍しく、悠斗は仕事で不在らしく、俺は一人で寝ていた。
広すぎるキングサイズのベッド。
きっと高級品であろう家具の数々。
柔らかい枕に顔をうずめて、俺は目を閉じようとした。
その時だった。
カシャン
何かが落ちるような音が響いた。
悠斗が帰ってきたのかと思い、体を起こしたが、扉は開いていない。
見れば、キッチンのところに置いてあったフォークが床に落ちていた。
風も吹いていないのに何故だろう?
そう思い、俺はベッドから立ち上がってフォークをもとの場所に戻しておいた。
すると、背後から誰かの視線を感じ、俺は振り返った。
そこには、ゆらゆらと不規則に揺れているナニカがいた。
(幽霊……ッ⁉)
落ち着け。
幽霊なんているわけない。
科学的にもありえない話だ。
そう思い、俺は目を擦って、その白いナニカをもう一度見た。
すると、そのナニカはゆらゆらとしていたが、しばらくして段々と形を作り始めた。
それは、まるで人の形を模しているようで。
小柄な少年のような体型。
顔や服などの細かい部分は再現できないのか、ぼんやりとして分かりづらかった。
「お前……人の、幽霊なのか?」
俺は恐怖を抑え込み、声を絞り出して言った。
幽霊は頷くような素振りを見せた。
そして、ゆっくりと腕を上げ、ベッドを指差した。
そこに行け、と言うかのように。
俺がベットに近付くと、幽霊も近付いた。
幽霊はベッドの下を指差した。
俺が潜るようにして下を覗き込むと、ベッドの裏側に方眼ノートが張り付けられていた。
「これか?」
ノートを外して幽霊に見せると、幽霊は頷いた。
ノートの表紙には、
『黒瀬 レン』
「悠斗と同じ苗字…」
ノートを開くと、それは日記だった。
『〇月〇日
これは、オレの存在を示すための日記。誰でもいい。兄ちゃん以外の人が、これをいち早く見つけて欲しい。
オレの名前は黒瀬レン。黒瀬悠斗の弟だ。兄ちゃんは、とても優しかった。
何をしても許してくれるし、理想の兄だった。でも、兄ちゃんは段々おかしくなっていた。
オレに異常な執着心を持ち始めたのだ。何処へ行くにも、兄ちゃんの許可が必要で、俺はそれを当たり前だと
思っていたけど、友達に言ったらそれはおかしいことらしい。俺は、兄ちゃんが怖くなってきた』
『〇月✕日
タワーマンションの最上階の部屋に監禁された。外に出るなと言われ、何回か逃げようとしたけど、
その度に殴られた。兄ちゃんは狂っている。こんな兄ちゃんが、他の人に危害を加えたら…と考えたら怖くて、
オレはもう大人しくすることにした。思えば、オレの彼女が亡くなったとき、あれは事故として片付けられていた。
でも、あれは本当に事故なのか?彼女は、よっぽどのことがない限り用心深い性格だし、誤って電車に轢かれたなんて
こと、あるのか?もしかして、兄ちゃんが…。』
『〇月△日
兄ちゃんを問いただしてみれば、兄ちゃんはあっさりと彼女を殺したことを認めた。
頭がおかしいとしか言えない。でも、兄ちゃんはオレのせいだと言った。…そうかも知れない。
オレが彼女を巻き込んだんだ。オレの、せいだ。
彼女に、彼女の家族に申し訳ない。オレの死でそれを償おう。こんなことで彼女の死が報われるなんて思わない。
でも、オレはもう疲れたんだ。兄ちゃんの束縛に。
これを読んでいる人へ。兄ちゃんには関わらない方が良い。関わって気に入られたとしても、
オレはこっそり秘密の抜け口を作っておいた。それで逃げてくれ。』
これを書いた…悠斗の実の弟、レンは死んだのか?
悠斗は呪われているんだ。兄弟の絆に。
ふと、レンを見てみると、心なしか悲しそうな表情をしているように見えた。
「秘密の抜け口…」
俺が思わず口に出すと、レンはふるふると首を横に振るような動作をした。
「……今は、その時じゃないのか?」
コクン、とレンが頷く。
俺は「そっか」と言って、レンに微笑みかけた。
人ではないけれど、こんな状況で味方ができたのが純粋に嬉しかった。