コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
僕は幼い頃から自分で何かをする事の出来ない子供だった。
何をする時も誰かに決めて貰い、決めてもらえない時は、誰かの真似をして誤魔化した。
家族は父と母と僕の三人。だけど、僕が5歳の時に父は居なくなった。
「お腹が痛いんだ」
そう言って病院に行き、そのまま入院して5日後に亡くなった。急性の何かの病気。僕は子供でよく分からなかった。ただ、急に存在しなくなってしまった。
母は1人で僕を育てようと頑張ってくれた。でも無理をしているのは僕の目にも明らかで、周りの大人達にも分かりやすかった。
救いの手はあちらこちらから差し伸べられ、母は毎夜、父の喪失の悲しみよりも、他者の温かさへの感謝で涙を流していたように思う。
そんなある日、新しい父親が出来た。前の父親とよく似た顔の、優しそうな人だった。
彼には子供がいた。僕より二つ年上の男の子。新しい兄だ。
「お兄ちゃんの言う事をよく聞くのよ」
母はそう言った。
僕に、指南者が出来た。
「ミナトいいか、『小さい者』は『守らなくては』ならないんだぞ」
それは兄の口癖。自分より『小さい者』は傷付けてはならない。大事に『守らなくては』ならないものなのだと教えられた。概ね正しい。だが、その時兄は8歳、僕は6歳。言葉の意味を間違って捉えていたのだろう。
ある日、僕は外を歩いていた時、アリを踏んでしまった。それを見た兄は僕を罵倒した。そして、僕に暴力を振るった。
「いいか、これは罰だ!お前が『小さい者』を傷付けたから、仕方なく俺が罰を与えているんだ!」
大きな声で言いながら、僕の背中を木の棒で殴った。何度も何度も。痛くて、怖くて僕は泣いた。母の元に助けを求めようとした。
「逃げるのか!悪者め!悪い事をして罰を受けない奴は、悪魔に殺されるぞ!殺されても良いのか?もっと痛いぞ!もっと怖いぞ!」
僕は恐怖を感じた。もっと痛くて、もっと怖い、それを想像して震えた。ますます涙が出た。
「お兄ちゃん、助けて。僕を罰して!」
僕は兄の膝に縋り付いて哀願した。兄はそんな僕を見て、顔を赤らめ、口元に笑みを浮かべながら、僕を殴った。
痛かった。辛かった。でも、悪魔が来るのが怖いから耐えた。兄は僕の為に殴ってくれる。兄は、僕の兄は素晴らしい人だ。兄に出会えて良かった。
父と母は、夜中2人で何かをしていた。兄はそれを知っていたようだが、『見てはいけない』と言って僕と一緒に、その間部屋に閉じこもるようにしていた。時折聞こえてくる母の苦しそうな声。
「お兄ちゃん、お母さんが苦しそう」
僕の訴えに、兄は何故か股間を押さえていた。僕は首を捻りながら兄を見上げた。気付いた兄は、僕のズボンを脱がしてパンツから性器を出して強く握った。
「痛いよ」
僕の訴えに、兄は息を荒くして答えた。
「悪魔が来てる。ここを隠さないと見つかってしまうよ」
僕はまた怖くなった。
「握っていれば良い?」
聞いた僕に頷く兄。僕はそこを強く握った。夜両親が2人で何かをする度に。
そして、僕は勃起出来ない体になってしまった。
ある日、妹が産まれた。僕が10歳、兄が12歳の時だ。
妹は『小さい者』。何よりも優先して『守らなくては』ならないと思った。その思いは僕と、そして兄の共通のもの。一緒に守って行こうと誓った。
「手の焼ける子ね!」
妹が泣き止まない夜、母は疲れた顔で授乳しながら愚痴る。まだ上手く母乳を飲めない妹の口を捻るように掴み、無理矢理飲ませようとする。
皿を洗っている時、泣き出す妹に
「あーもう、手が離せないのに!」
苛立ちを隠さず、当たるように雑に抱き上げ、振り回すようにあやす。
そんな母の姿は、ひいき目に見ても『守っている』ようには見えず、逆に身体的苦痛を与えたいのを我慢しているようにしか見えなかった。
「このままでは殺されてしまうかもしれない」
兄が言った。僕もそう感じていた。母が妹を殺してしまうのでは、と。
「妹を守らなくては」
兄はそう言って手を握り締める。僕は頷く。
「お兄ちゃん、どうしたら良い?僕に教えて」
相変わらず僕は自分で決められない。兄の指示を待つ。
「殺そう。大丈夫。お母さんは俺達より大きいから殺しても良いんだ」
兄は、僕に包丁を持たせた。
「骨がある所は駄目だ。柔らかくて刺しやすい所を狙え」
兄は丁寧に教えてくれた。僕のお腹を押す。
「ここ、柔らかいだろう?」
僕は頷く。そして、
僕は母のお腹を刺した。
台所は血塗れ。僕も血塗れ。夕日でオレンジ色なのか、血が周りを染めているのか分からない。
妹は泣き続けている。近所の人が心配して様子を見に来ているのだろう、時折呼び鈴が鳴らされた。でもそのまま、鳴らされるがまま。
誰かが知らせたのか、父が早く帰って来た。鍵が開き、明らかになる現状。
父は、血塗れで絶命した母と、包丁を握り締めてしゃがんで動かない僕を見て固まった。火がついたようだった妹の声は、乾き切ったようにしゃがれて途切れ途切れになっている。
父は、僕を殴った。平手で。
「お前、何をしたんだ・・・」
何も聞かず決め付けられたと思った。
父も大きい。僕よりも。
そんな父が僕を殴った。
僕は、初めて自分で判断した。
父を、刺した。
これが僕の罪。実の母と義理の父をこの手で罰した。
これは、僕の罪・・・?