テラーノベル
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数日後、エリーゼはアゼルと共に馬車に乗ってウィリアム国へと向かう。
城下町を抜けるとだんだんと民家は見当たらなくなり、景色は次第に森や山などの自然の色合いが多くなる。そんな馬車の中でエリーゼは怒りに震えていた。
「ちょっと……アゼル……何してんのよ……」
「どうした、エリーゼ。オレの膝の上は座り心地が良いだろう?」
「そうじゃない……そうじゃないわよ」
「クク……今日も貴様のツンデレが愛しいぞ」
確かに今、エリーゼはアゼルの膝の上に座らされている。しかも後ろから腰に両腕を巻かれて抱きしめられている。向かい合う形ではないので照れ顔は見られずに済むが、アゼルが悪魔のような笑いを浮かべているのは容易に想像できる。
しかしエリーゼが文句を言いたいのは座る場所でも座り心地でもない。むしろアゼルの逞しい膝と筋肉質の胸に抱かれるのは本当に心地良いから悔しい。
「そうじゃなくて! 外、外よ! なんで、あんなに軍隊を引き連れてんのよ!?」
先頭を走る馬車はエリーゼとアゼルの二人しか乗っていないが、後方からは騎兵が50騎ほど連なって付いてくる。
騎兵隊の先頭を走るのは、武装した軍隊長アーサー。アゼルが護衛の軍隊も少し同行させるとは言っていたが、完全にやりすぎである。
「あんたって本当にバカなの!? これじゃ完全に討ち入りでしょ! それこそ戦争になるわよ!!」
「そうなのか? 護衛はアーサーに任せたのだが。まぁ戦争になってもオレは構わん」
(アゼルって、ここまで脳筋の魔王だったかしら? アーサーさんも知的に見えてバカなの!?)
脳内で好き放題に毒舌を吐くエリーゼだったが、アゼルもアーサーも好戦的な性格なので、戦争になっても構わないという精神なのが恐ろしい。
それ以前にエリーゼは、背後から伸ばされたアゼルの無骨な指先が胸元に触れている事に気付いた。馬車内セクハラだ。
「ア、ゼ、ル、ちょっとぉ……!」
「イイ声だ。討ち入り前にオレたちも討ち入りしようではないか」
この魔王は何を言っているのだろうか。
いつの間にかエリーゼは両肩からドレスを脱がされていて胸元まで肌が露出している。昨晩も激しく抱いておきながら、馬車の中でも欲情するとは……溺愛の呪いが効きすぎて恐ろしい。
そうしていると馬車が急停車して、アゼルの膝の上でエリーゼの身体が振動で少しだけ跳ね上がる。同時に意図せずにエリーゼの声から色っぽい声が出てしまう。
「あんっ!」
「ふぉぉ……イイ声だ、たまらん」
「バカ言ってんじゃないの! 国境に着いたのよ、降りるわよ!!」
興奮状態で夢を見てるアゼルを置いて、エリーゼは一人でさっさと馬車を降りる。
外に出ると、真っ直ぐに伸びた一本道の先に見えるのは国境の白い壁と門。その左右には街路樹のように立ち並ぶ森の木々くらいしかない。
しかしエリーゼは、その風景を見て息を呑んだ。国境の前には長剣を持つ歩兵隊が待ち構えていた。数にして50人ほどでアゼルの騎兵隊と同じ数である。
エリーゼが馬車の前で呆然と立ち尽くしていると、遅れて馬車から降りてきたアゼルもその光景を目にした。
「ほぉ……オレに喧嘩を売るとは命知らずな奴らめ」
「このバカ!! ほら見ないさいよ、完全に討ち入りだと思われてるじゃない!!」
さっきからエリーゼはアゼルに『バカ』しか言ってない気がする。夫婦漫才が始まったところで、ウィリアム国の騎兵隊の中心にいる一人の歩兵が歩み出る。
白銀の甲冑を纏っていて、さらに兜で顔を覆っているために目元くらいしか見えない。かなりの重装備で、本気で迎え撃つ気で来たのだと見て分かる。
「我が名はレミアル。ウィリアム国軍の指揮官である」
中性的な声だが、おそらく若い男性だと思われる。するとエリーゼとアゼルの後方から、黒馬に乗ったアーサーが前に出てきた。ここは両国の軍の頭どうしに任せる。
「我が名はアーサー。デヴィール国軍隊長だ。レミアル将軍、受けて立つ」
「アーサー殿。こちらこそ貴国からの宣戦布告の書状、確かに受け取った」
白銀の甲冑を纏ったレミアル将軍と、黒馬に乗ったアーサー隊長。ウィリアム国とデヴィール国の象徴は白と黒でカラーも相反する。
一触即発な二人の将軍の会話を聞いたエリーゼが慌てだす。その矛先はアーサーではなく、隣で呑気に傍観しているアゼルに向けられる。
「ちょっと! 宣戦布告って言われてるけど、一体どんな手紙送ったのよ!?」
「手紙はアーサーに任せたのだが。まぁ戦争になってもオレは構わん」
(もうダメ……アゼルだけでなくアーサーさんもバカだった……)
アーサーに関しては何でも戦に結びつける戦バカであった。
そんな時に急にアゼルが動いた。エリーゼはアゼルに腕を掴まれて強制的に一緒に歩かされる。そして臨戦態勢の両国軍の間に立つと、ウィリアム国軍に向かって堂々と人差し指を向ける。
「オレはデヴィール国王アゼル。軍が出るまでもない、オレが貴様らを一掃してやる!」
「え? ちょ、ちょっとアゼル!? 無茶よ!」
エリーゼは本気で心配して引き止める。前世のような魔王アゼルならともかく、今の彼は普通の人間で魔力などない。
しかしアゼルは、エリーゼは今でも最強の聖女だと思い込んでいる。エリーゼの方を向くと、満面の笑顔で両腕を広げてエリーゼのハグを待つ。
「さぁ、我が愛しのエリーゼよ、来い! 今こそ貴様の力をオレに!」
「……え?」
エリーゼは、その期待の眼差しを見て胸の痛みに襲われる。
アゼルは今、聖女の能力『強化』を望んでいる。それは前世の時と同様にアゼルに抱きつく事で発動するはずだが、今のエリーゼには聖女の能力がない。
それがバレたくないエリーゼが躊躇っていると、アゼルがいつもの催促をする。
「エリーゼ。オレを愛してるなら来い」
「あ、あんたなんか愛してないけど行くわよ……!」
ようやくエリーゼは自ら進んでアゼルの腕の中に収まる。
エリーゼがアゼルに抱きついて念じるフリをすると、何の力も発動してないのにアゼルの力……というかテンションが上がってきた。
「うぉぉ……力が漲ってきたぞ!! これぞ最強の聖女エリーゼの力だ!!」
「…………」
(アゼル、それ気のせいよ)
アゼルは聖女の力ではなく、自身の愛の力で勝手に強化された気になっている。
その勢いのまま、腰の鞘から長剣を引き抜いて一人で突撃しようとする……が。ウィリアム国の軍勢の中から一人の青年が前に出てきた。
銀色の髪と瞳、白銀の甲冑は胸の部分しか覆っていなくて騎兵にしては軽装であった。
「これはアゼル陛下、相変わらず好戦的ですね」
見た目はエリーゼと同じく20歳ほどで、殺気立つ兵士たちの間に立っても柔らかい微笑みと気品溢れる所作でアゼルに一礼をする。
その姿を見たエリーゼの青い瞳が衝撃で見開かれる。彼の姿と声は忘れもしない……前世で殺めてしまったカイン王子そのものであった。
その視線に気付いた青年は、エリーゼに向かって再び軽く会釈をする。
「王妃エリーゼ様、初めまして。僕はウィリアム国の第一王子カインと申します」
その名を聞いたエリーゼの心も呼吸も衝撃と動揺で激しく乱れていく。
(カイン……彼は本当に、あのカインなの……?)
しかしカインは『初めまして』と挨拶していたので、転生したが前世の記憶がないか、もしくは同名の子孫かもしれない。それにしても前世で見たカインの姿そのものなので、運命を感じずにはいられない。
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