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嫉妬深かった五条悟
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携帯電話のバイブが震えている。
先ほどまでずいぶんと長い間着信音が鳴っていたから、思わずマナーモードに切り替えた。
場所は仲間内で行きつけのカジュアルバー。
時刻はまもなく日付が変わろうかというくらい。
そして、目の前には、心配そうな表情の後輩くん。「出なくていいんですか‥?」ひきつった笑顔の私は心の中でこう返す。
怖くて出られないんだよ‥。
遡るは数日前。
呪術師なんて仕事をしていたら、気が滅入るような経験をするのはよくあること。
そのストレスをいかに発散できるか、消化できるかは自分次第。
割り切れるようになってしまうと楽なのだが、私の一番歳の近い後輩くんはそれが苦手なようだった。
「どこかのタイミングで、良ければ相談に乗っていただけませんか?」
「いいよいいよ!前から中々時間作れなかったもんね。今週末とかどう?いつもみんなで行くお店でさ」
「ありがとうございます!」
あまりにも嬉しそうにするものだから、今までゆっくり話を聞けていなかったことを申し訳なく思ってしまった。
そんな私達の様子を、少し離れた席で見ていたらしいのは先輩の五条さん。
遠くからでも少し殺気だった様子が伝わってきたから、何か任務で気に入らないことでもあったのだろうかと思ったけれど、こちらを睨みつけている気がして直視できなかった。
そして今日。まもなく定時という頃、五条さんが話しかけてきた。
「今日でしょ。あいつと飲み行くの」
「え?あ、はい」
「ふーん。あんまり遅くならないようにね」
「はい‥」
また少し怒った感じ。
後輩くんと行くのが今日って、よく知ってるなぁ。やっぱりあの時聞こえてたんだろうな。
そして、ちょうど任務から戻ってきた後輩くんに私は声をかけた。
「おつかれさま。じゃあ、上がる準備してきてね。五条さん、お先に失礼します」
返事はなかったと思う。
いつもは優しいんだけど、本当にどうしたんだろう。
後輩くんとは思いのほか話が盛り上がり、はじめこそ仕事の相談を受けていたけれど、途中からは普段のたわいのない話が尽きず、時間はあっという間に過ぎていった。
ひと段落ついたところで、お手洗いに立つ。
そのついでに携帯を見て、思わずギョッとしてしまった。22時を超えたくらいから、LINEの嵐。
送り主は五条さん。
“まだ飲んでるの?”
“遅くない?”
“ずっと同じ店?”
“既読にならないんだけど、どんだけ盛り上がってんだよ”なに、これ。
断っておくが、私は五条さんと付き合ってはいない。
こんな連投LINEをもらう覚えもない。
どうしたの?
なにやら心配?してくれているようなので、とりあえず返信を打つ。
“何かありましたか?まだ同じ店で飲んでいます”
すると、すぐに着信が。
ビクッとしながらも出ると、すっごく機嫌の悪そうな低音の、でも麗しいお声が聞こえる。「随分楽しく飲んでるんだねぇ。でも、もう遅いしそろそろ解散しなよ。迎え行こうか?」
「えっ迎え?いえ、大丈夫です。もうすぐお開きにしますので、ご心配なく‥」
「ふーん。まぁいいや。気をつけてね」それだけ話すと電話は切れた。
なになに、めっちゃ怖かったんだけど。
とりあえず席に戻ると後輩くんが私に笑顔を向ける。「おかえりなさい。もうグラス空になりそうですけど、次何頼みます?」
「え〜っと‥あの、そろそろ終わりにしよっか?」
「えっ!そ、そうですね。でも、あと1杯だけ飲んでもいいですか?」
「そうだね。私も最後頼んじゃおうかな」後輩くんはまだ飲み足りないなら、無理に切り上げるのも申し訳なくて、まぁ次飲んだら帰るから‥と、頭の片隅にチラつく五条さんを払いのけた。
このときすぐに帰らなかったことを、後々後悔することになるのだが。
結局、後輩くんはなかなか帰ろうとしなかった。
珍しく酔っ払って、「今日は本当に楽しいです!ありがとうございます!」
なんて言われたら、お開きにするタイミングがすっかりわからなくなっていた。
気付けば、あれから1時間はたっている。
五条さんのことは気がかりだったけど、まぁあれから連絡もないし‥と思っていた矢先、電話が鳴った。
その表示はもちろん、『五条悟』。どうしよう。すごく無機質な着信音なんだけど、まがまがしいオーラを感じる‥。直感だけど、出てはいけない気がする。
迷っているうちに、着信が切れた。
ホッとしたのが正直なところだ。
ところが、間髪入れず電話がまた鳴り出したもんだから、思わずマナーモードに切り替えてしまった。心配そうな表情の後輩くん。
「出なくていいんですか‥?」返事できずにいると、バイブが止んだ。また鳴るかもと、電話を凝視していたら、今度は後輩くんの携帯が鳴り始めた。
まさか。
画面を見た後輩くんが驚いている。
「え?五条さんからだ」
‥やっぱり。
彼はすぐに電話に出ると、
「五条さん、おつかれさまです!はい‥はい‥。います。ちょっと待ってください‥」とだけ話し、凍りついた表情で私に向かって携帯を差し出す。
もう逃げられない。
恐る恐る受け取り、電話を代わると、受話口の向こうからなんとも冷ややかな、それでいて怒気のこもった五条さんの声が聞こえる。「まだ帰ってないんじゃん。よっぽどお楽しみだったのかな?それにしても、電話に出ないなんていい度胸してるよね」こっわ。確かに電話に出なかったのは悪いけど、そもそも私、そんなに怒らせるようなことした?「いえ、あの‥」
「今すぐ出てきてくれる?店の裏側に車止めてあるんだよね」き、来てるの!?今そこに!?
私は半ばパニックになりながら、後輩くんにごめん、急用ができたからと言って、テーブルにお金を置いて、ホントにごめんねという気持ちで後輩くんを置き去りに店を後にした。後輩くんはどんな顔をしていただろう。その表情を見る余裕もなかった。小走りで店を出て裏に回ると、止めた車に半分もたれかかりながらこちらを睨む、サングラスをかけた長身の男性がいた。「五条さん、あの‥」
「乗って」言われるがまま、ドアの開かれた助手席に乗り込む。酔いはすっかり醒めていた。乗り込んだものの、車の中には重苦しい空気が流れている。何でわざわざ来てるの?
何で怒ってるの?
聞きたいことはあれど、口にするのが許されるのかどうかすらわからなくて、しばらく沈黙に耐える。すると、五条さんがようやく口を開いた。
「‥なんであれからすぐ帰らなかったの」あの最初の電話の後のことだよね。「すみません、ちょっと帰るタイミングを失ってしまって‥」
「そんなに楽しかったんだ?時計見てみろよ。もう終電なくなるけど。僕が来なかったら、あのままアイツにお持ち帰りされててもおかしくなかったよ。もっと危機感持った方がいいんじゃない?」お持ち帰りという思わぬワードが出て、驚いて否定する。
「いやいや、彼とはそんな関係じゃありませんから!」
「終電近くまで引っ張る男なんて信用できるかよ。それと、オマエは気付いてないかもしれないけど、あいつ明らかにオマエに気があるから」
「へ?それはさすがに勘違いだと思いますよ!全然そんな感じじゃないですって」
「はっ。ニブいくせによく言うよ」
に、ニブい??
「そんなことありません」
「じゃあオマエ、僕の気持ちわかんの?」
五条さんの、気持ち‥?
怒ってることはわかるけど‥
と思った瞬間。五条さんの顔が目の前にあって。
気付けば、唇を押し付けるようなキスをされていた。「な、何す‥」
「好きなんだけど」頭が混乱している私に、五条さんから出たのは好きだという言葉。「なんでわからないの。こっちはオマエが他の男と2人で飲みなんて、気が気じゃなかったんだよ」
「うそ!そんな素振り今まで‥」
「だからニブいって言ってるんだよ。
僕だってこんなカッコ悪い状況で伝える気なんかなかったのに。オマエがそんなだから‥」
バツが悪そうにうつむき、伏し目がちになる五条さん。
サングラスの奥から、長いまつ毛と蒼い瞳が見えて、ドキドキしつつも見てしまう。
すると、今度は急にその瞳が私を捉えたものだから、思わず目を逸らす。「オマエ、なんか顔赤くない?」
「赤くもなりますよ!だって急にこんな‥」
「嫌だった?」
「嫌じゃ‥ないと思いますけど‥」
「なんだそれ」
クスッと笑う五条さん。
「ねぇ、もう一回キスしていい?」
「だめです!心の準備が‥」
ふーん、と言いながら、エンジンをかけ、車が動き出す。
「じゃあ、僕の家につくまでに心の準備しといてくれる?」
「それって‥」
「そ。お持ち帰り」いやいやいや。
さっきあなた、私に危機感を持てって言ったでしょうが。
なんていう私の声は、五条さんには届かない。隣ですっかりご機嫌に運転する端正な横顔をのぞきながら、彼には到底かなわないと心の底から思うのだった。