テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「食え」
そう言って、カイルが手を伸ばす。
彼の手のひらで、謎の肉塊が脈打っていた。
半透明なピンクの被膜に包まれ、その内側で赤黒い血管が蠢いている。眼球じみた組織が浮かび上がっては沈み、歯のような突起が被膜を突き破ろうと押してくる。
クレスがドン引きしている。
「……いや、何これ?」
「最強版パラサイト・コア。喜べ。コイツを食べるとものすごく強くなれるぞ」
「……言い方安いな……これって、ムーに入れたのと同じものかい?」
「いや、あれよりも強力な奴。再生能力も身体強化もおおよそ五倍だ」
「……そんな強力な寄生虫なら、何故今まで使わなかった? 七本槍のメンバー辺りで最強のゾンビを作ればよかったろうに」
「調教が難しいんだ。テイムの能力者が取り込まないと、その真価を発揮できない」
「じゃあ実質、君にしか使えないじゃないか」
「今から、お前にしか使えなくなる」
あまりにも平然とした声音で発せられるものだから、クレスは一瞬、言葉の意味をとれなかった。
「君は、死ぬ気か?」
「月を殴り飛ばして跳ね返すなんて真似、さすがのお前でもパワー不足だ。俺を殺し、テイムを……ゾンビの力を継いでくれ」
「君はそれでいいのか?」
「覚悟ならさっき決めた。一回流されたけどな」
「僕が君の計画に乗る理由は? 僕には月が世界を埋め尽くす前に、自分の世界へ逃げる選択肢もある」
「お前は逃げないだろ? ヒーローなんだし」
クレスが目を見開いた。
カイルは何を今更と言わんばかりに首を傾げる。
「お前は最初から、誰かのために身を捧げるヒーローだったろ。ただちょっと、助けを求める奴をブチ殺す病にかかっただけで」
「……その病で、僕の世界は滅亡したけどね」
クレスは少し疲れた顔で目を逸らした。
カイルが頭をかく。
――異世界人から、月を破壊する手段を奪い取る。
――アラン・スミスと一緒に立てた方針は、皮肉にも、今も生きてる。
――“奪い取る”の主語が、俺からクレスに代わっただけ。
――クレスは俺からゾンビの力を奪い、月を破壊する。
「もっともこの段になると、俺一人の力をプラスした程度じゃ足りないか」
カイルがスマホを取り出し、耳に当てる。
「リシェル、繋げ」
『はいはーい。今ならどんな命令も一瞬でお届けできますよー。劇場版三作目大作戦のとき、端末を配り終えたんで。いやあ、便利な時代ですねえ。拡声器を片手に走り回っていた頃が懐かしいです』
「それ、大体一時間くらい前の出来事だろ」
『世界の変動が激しすぎ、密度がちょっと濃すぎなんですよ。ざっと一年は昔に感じます。ささ、準備が整いましたよ、勇者様』
「勇者様は真っ先に死んでたよ」
『貴方が今から勇者になるって話です』
王都中のスマホで、同一の音声が再生される。
キィンと甲高い、ハウリング音が波紋のように広がる。
『皆、ごめんな。クレスを愛して死んでくれ』
ゾンビたちが静かに立ち上がる。
クレスを中心に円状に並び立ち、ただ静かに、胸元で指を組んだ。
カイルもクレスに向き直る。
「ゾンビ十五万人分の力を、お前一人に集約する。ゾンビを殺した場合も継承の能力が発動するかは……考えなくてもいいか。確か、相手が犬でも引き継げたんだっけ?」
「……君の言う、罪と義務は」
「罪悪感はすげえよ。人の命を軽んじた策だ。それなのに……悪いな、一つ、我儘を通してもらう」
「我儘?」
「真っ先に死ぬゾンビは、俺がいい」
「……テイムの効果はどうなる?」
「歴代の記録によると、テイムの使い手が死んでも命令は残る。俺が死んでも、ゾンビはお前を愛したままだ」
「なるほどね」
「俺の知ってる奴らが、二度死ぬ様は見たくない」
「いいよ。構わない」
クレスが手のひらを上に向ける。
その中心に、赤い光が小さな球形に収束した。
迸る熱が空気を歪め、景色を揺らめかせる。
「継承を始めよう」
覚悟を決めた顔で、クレスが言う。
閃光。
赤熱したレーザーが、カイルの頭部を消し飛ばした。
上顎から先が、一瞬で蒸発する。
肉も骨も脳も消える。
血飛沫は置き去りにされ、数秒遅れて噴き上がった。
仰向けに倒れ込む。
脳も神経も焼け落ちたはずなのに――崩れ落ちる直前、カイルは確かに笑っていた。
「バイバイ、アポカリプス」
#タイムトラベル