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ある日、舅が社長になった光留に呼び出された。現在、社員が社長や不正追及チームに呼び出される理由はほとんどが不正追及がらみ。非常勤取締役の舅も呼び出されて顔が真っ青になり、社長室に入り光留の顔を見るなり釈明の言葉が一番に口から出た。
「私は不正には加担していません」
「麻生取締役の不正を疑ったことなどないですよ。経験豊かな麻生さんはわが社になくてはならない人材です。これからも取締役として会社に貢献していただきたい」
「社長、お褒めの言葉恐れ入ります。それでは今私を呼び出したのは?」
「実は匿名で密告がありましてね」
「密告!? やはり私が不正をしていた、と?」
「いえ、密告の内容は麻生さんの奥さまのことでした」
「は? 妻?」
光留は社長室で姑と不倫相手の行為動画の鑑賞会を開催した。社長室の大画面テレビに鮮明に映し出される妻の痴態。動画の再生が進むにつれて舅の表情が険しくなる。
「旦那はインポなんだから私の浮気くらい許すべきよね。インポのくせにプライドばかり高くて困るわ。私ね、いつもあの人のこと心の中ではインポって呼んでたのよ――」
などと事後に姑が不倫相手に語りだしたときは、舅の体がわなわなと震えだした。〈インポ〉という言葉は当事者にとって、近年よく使われる〈ED〉という言葉とは比較にならないくらい屈辱的な言い方であるようだ。
「あばずれめ。今までよくも……」
社長の眼前で大声を上げることは自重したが、心の底から湧き上がるような怒声だった。
「慎司が私の子どもではないかもしれないと分かったので、今すぐDNA鑑定の手配をします」
「もしかするとDNA鑑定までしなくても事実関係を明らかにできるかもしれませんね。たとえば血液型を確認するくらいで」
舅は光留に丁重に感謝の言葉を告げ、来たときとは真逆で真っ赤な顔をして社長室をあとにした。
非常勤取締役だから特に毎日決まった仕事があるわけではない。舅は自宅にとんぼ返りして、ダイニングで姑を問い詰めた。私はそばのキッチンで食事の用意をしてる振りして、二人の言い争いをわくわくしながら見物することにした。
「血液型、おれはAB型だが、調べたらおまえと慎司はO型だった。これはどういうことだ?」
「どうって? 慎司は私の血液型を受け継いだということでしょ」
「AB型とO型の親からO型の子どもが生まれることはない。おまえ、O型の男と不倫してたんだな」
「なん、のこと……?」
「白を切っても無駄だ。社長におまえの今してる不倫の垂れ込みがあってな。証拠もそろってる。おまえ、蒼馬という若い男におれの悪口さんざん言ってたな。心の中でおれのことインポって呼んでるそうじゃないか。勃たなくて悪かったな。今日からおまえは自由だ。好きなだけおまえが大好きなセックスができるぞ。感謝しろよ」
「社長に垂れ込み……?」
ようやく姑の顔が青くなった。舅の真っ赤な顔との対比がおかしくて、思わず笑い声が漏れそうになってしまった。
「口も見た目も性格も悪いおまえをどうして今まで食わしてきたと思ってるんだ? 一人息子の慎司がかわいそうで離婚できなかったからだ。慎司がおれの子でないなら何の遠慮もいらんな。この淫乱! 今すぐこのうちから出ていけ!」
「私を追い出すの? 慎司や子どもたちも?」
あのう、私の存在が抜け落ちてますけど。と思ったが、もちろん口には出さない。
「それでも慎司には長年育ててきた情がある。おまえには何もない。さっさと実家に帰れ!」
「この年で出戻りなんてみっともないことさせないで! そもそも実家って、兄さんが継いだけど、その兄さんも亡くなって今は甥っ子の代になってるのに、今さら戻れるわけないじゃない! どうしても離婚と言うなら慰謝料はたっぷりもらいますからね!」
舅は激高してキッチンに走ってきたかと思うと、私が使っていた包丁を奪い取った。
「離婚したら女が無条件に慰謝料もらえると思ってるのか? おまえ、頭まで悪かったのか? 有責はおまえ。慰謝料払うならおまえの方だ。金ないおまえに請求はしないけどな。ただこれ以上おれの金を減らされてたまるか!」
そう叫ぶなり、舅は姑の胸の辺りに包丁を突き立てた。断末魔のような悲鳴を上げて、倒れたまま姑は動かない。包丁も胸に刺さったまま。血が床にぼたぼたと垂れていく。
刺した瞬間、舅はわれに返ったらしい。倒れた姑の横で呆然と座り込んでいる。姑の裏切りを知って激怒しても、通常の心理状態なら刃物で刺すまではしなかったはずだが、為替取引で数千万円の資産を溶かしたばかりのそのときの舅の胸中が通常からかけ離れた状態であったことも災いした。
119番通報は私がした。姑が救急車で搬送され、舅がパトカーで連行されるのを、悲鳴に驚いて子供部屋から降りてきた竜也と二人で見送った。
その直後、竜也に顔を一発殴られた。
「おまえ、そばにいたんだろ? なんでこうなる前に止めねえんだよ!」
すぐに私は病院に行き診断書をもらい、警察にも家庭内暴力の相談をしておいた。