テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
テオはリーゼロッテを背に乗せて、振り落とさないよう気を使いつつ、どんどんとスピードを上げていった。
(うわぁ……! 気持ちいいっ!!)
元の世界では、遊園地の絶叫系が大好きだった。
樹々の間を擦り抜けて、緑の生い茂る森の中へと入って行く。
不思議なことに、魔物は一匹も現れない。
(あれ? 魔物どころか、普通の動物さえいないような……)
テオに話しかけようとするが、風を切って走ってるため声が出せない。
仕方ないので、念話する。
『テオ、どうして魔物も動物も全く居ないの?』
『当然だ。私の魔力を少しだけ解放しているからな』
『少し?』
『格下の魔物など、それで十分だからな。先ず、出てこないだろう。目的地まではもう少しだ、しっかりと掴まっておけ』
言われた通り、リーゼロッテはテオにしっかりとしがみ付く。更に上がるスピードに、もう念話すらキツくなる。
リーゼロッテの目の前から、樹々が消えた。それと同時に、テオは空を飛んだ――
のではなく、丘のようになっていた場所から下へと飛び降りた。
(ひぃぃーっ! お腹がゾワ〜ッてするっ!!)
完全なジェットコースター状態だった。シートベルトが無いぶん、怖さは倍増だ。
フワッと、着地したテオは走るのを止めた。
『リーゼロッテ、着いたぞ』
そこは、湖とも沼とも言えない微妙な色合いの……水辺だった。
「……ここは?」
『此処は、湖だ。あの中に面白い魔物が居る。リーゼロッテの力を試すのには、ちょうど良いと思ってな』
リーゼロッテが背中から降りようとすると、『降りなくて良い』と制止される。
テオは、徐々に本来の大きさに戻っていく。
落ちないように、灰色の豊かな毛を握りしめていると――あっという間に初めて会った時の、大きく立派なフェンリルの姿になっていた。
(ミニ狼の時は、柔らかくホワホワしていた毛並みだったのに)
リーゼロッテが掴んでいたテオの毛は、大型犬サイズの時よりも更に硬くしっかりとしていた。
『よいか。湖の魔物を少し煽るので、リーゼロッテが倒してみよ』
「煽……はい? え……魔物を倒す?」
『そうだ。耳を塞いでおけ。では、行くぞ!』
――嫌な予感がした。
「はっ!? ちょっ、ちょっと待っ……」
大きく息を吸い込んだテオの口から、地が揺れる程の咆哮が発せられた。
魔力も一気に解放したのか、空気は振動し……リーゼロッテの身体にまで、ビリビリとした感覚が伝わってくる。
突如、凪いでいた湖の中心に渦が巻き出した。
(うん……居るよね……絶対……危ない奴ぅっ!!)
――――ドンッ!!
と、地響きと共に渦の真ん中から水柱が上がった。
リーゼロッテとテオのいた場所に、水柱から飛んで来る、湖の水が雨のように降り注ぐ。
リーゼロッテは、それで濡れてしまうことよりも、水柱が上がった位置に現れた、大きな魔物に目が釘付けになってしまう。
(ひいぃぃっ。ひとつの身体から、1.2.3.4.5……9匹の蛇の頭がぁ!? こ、これって、まさか……ヒュドラぁぁぁぁ――!!)
以前、某ファンタジー映画のCGで作ったことのあるモンスターだった。ちょっとしか出ない場面に、何日もかかったことを思い出す。
(うん。映画の最後のロールで、自分の名前を見た時は感動したわ……名前は思い出せないけど――って、そんな場合じゃないっ!!)
完全にパニックのリーゼロッテに、テオはあっさり言った。
『大丈夫だ。リーゼロッテなら、簡単に倒せる』
「……そんなっ、どうやって!?」
『一度に全ての頭を落として、傷口を焼けば良い。そうだ、毒を吐くから結界も忘れるな。私の威圧を解いた時の要領でやれば良い』
「…………は? 頭を落とす?」
(ムリムリムリムリ!! 無理だぁぁ!)
想像しただけで、全身に鳥肌が立つ。
そんなリーゼロッテの気持ちはお構いなしで、水面を走るかの如く、猛スピードでヒュドラーはこっちに向かってやって来る。
真ん中の蛇の口から、何かが吐き出された。
「ま、さか、毒!? い、いやぁぁあっ……来ないでぇぇぇ!!」
思わずテオの毛を離して両手を前に突き出し、目をギュッと瞑って叫んだ。その瞬間、リーゼロッテの掌が熱くなった。
何かが出たような感じはしたが、一瞬の出来事でよくわからない。
暫く経っても変化が無かった。
(……あれ?)
恐る恐る片目を開くと――湖の中で燃えているヒュドラーがいた。
しかも、全てテオに指示された状態になっている。
「……え?」
『ふむ。想像以上だな』
状況が理解できず、リーゼロッテはポケ〜と放心する。
気が付けば、ヒュドラーだった物からキラキラとした粒子が風に吹かれて飛んでいく。
いつの間にか、水面には跡形も無くなり、淀んでいた湖の色が澄んだ水色になる。湖の周辺には可愛い虹色の花が、次々に咲き出した。
あまりの急激な変化に、リーゼロッテは瞠目する。
「綺麗……」
『あれは奴の魔素が栄養分となり咲いた花だ。確か、人間には貴重な物の筈だぞ。……リーゼロッテ、さっきの技は何だ?』
「はい? ……技?」
何のことだかさっぱり解らず、小首を傾げる。
『そうだ。魔力の塊が飛んだかと思ったら、毒を消し去り頭を全て落として傷口から炎がでた。……何を想像した?』
「想像? 何も考えなかったけど……。あ、でも、テオが言った言葉は勝手に頭に浮かんじゃったわ。元々、イメージした物を創造する仕事だったから。自然と頭の中で描いちゃうのは癖ね。ただ、ヒュドラーがこっちに来ないように願ったけど……」
『……そうか。やはり、リーゼロッテは……』
「え? 何?」
『いや、何でもない。では、その花を摘んで帰るぞ。ルイスには、それを摘みに行くと言ったからな』
「えっ? じゃあ、お父様もヒュドラー退治をすることを知っていたの!?」
『そんなわけ無かろう。私が魔力を放つので、魔物は全く寄って来ないと言っておいた。花は安全な秘密の場所にあるともな』
しれっと、テオはルイスを騙したことを告白する。
(えええ……)
そして、大量の花をお土産に、二人は来た道を帰って行った。