「え、いまなんて……?」
想像していたのと異なる発言に、俺は聞き間違いをしたのではないかと彼に聞き返す。しかし彼は、なんてことない風にまた同じ言葉を繰り返した。
「うん、だから、いいよって言ったの」
「それは……何に対して……?」
涼ちゃんは怪訝そうに俺をみた。
「そんなの、元貴のさっきの発言に対してに決まってるじゃない」
うん。まぁ、それはそうだよね。人の会話ってそういうものだ。えっと、じゃあ俺のさっきの発言を思い出してみよう。最近、ライブ終わりに2人きりなるとルーティンとも言えそうなくらい繰り返されているやり取り。今日もライブ終わりに控え室で2人きりになったところで俺は口を開く。
「ね、涼ちゃん今日のライブの俺どうだったー?」
「うん、めちゃくちゃ良かった!3曲目のアレンジ入れたでしょ?あれなんかとくに!」
いつも涼ちゃんは丁寧にいいところを見つけて褒めてくれる。それがすごく嬉しくて俺はついいつも聞いてしまう。
「かっこよかった?」
「ふふ、分かってて聞くよね」
つまりかっこよかったってことだ。最初の頃は「もちろん!○○のとことかかっこよかった〜」なんて褒めてくれたりしたものだが、段々と俺が「かっこいい」と言わせたがってることが分かってきたのか、最近ではこんな感じ。
「ふーん、ね、どう?そろそろ俺と付き合わない?」
涼ちゃんはいつも何かと理由をつけてはぐらかす。えー、元貴いま留年ギリギリでしょ、そんな余裕無いじゃない。とか。ほら、またそんなこと言って〜明日も朝早いんだから早く支度して帰るよ。とかなんとか。まぁ何かにつけては好きだの付き合ってだの言い続けているせいもあって、こんな風に軽く流されて振られ続けているという訳だ。
そんなこんなで俺は今大学4年生。涼ちゃんは大学を卒業して2年経つ。とは言ってもミセスは俺が大学2年、涼ちゃんが大学4年の春に正式にメジャーデビューが決まったので、現在は涼ちゃん、高野、綾華はそれぞれ大学を卒業して音楽活動に専念している。俺と若井は留年ギリギリを攻めながらも、何とか今年卒業ができそうだ。
メジャーデビューが決まった際、大学を辞めようとした俺に「せっかく入ったんだから」と卒業することを勧めたのは涼ちゃんだった。俺の描く未来のステージに、大卒という資格は要らないものだったし、それよりかは制作に専念した方がいいのではないかと思っていたのだが
「何かを最後までやりきったという経験は必ずこの先、元貴の糧になるよ」
という彼の言葉(なんだか本当に先生みたいだ。)に圧されて、卒業を目指すことにした。卒業に必要な単位は涼ちゃんや綾華(あと、時々高野)がかなり助けになってくれたこともあってきちんと満たすことができた。
若井の学部は卒業に論文が必要なのでもうひと仕事控えているが、俺の場合は必須条件では無いため、あとはもう卒業を待つばかりになっている。正直、バンド活動と両立させながらはかなり厳しいものがあったが、振り返ってみると我ながらよくやりきったものだ。
「うん、そうだね、いいよ」
涼ちゃんの声が感傷に浸る俺を現実に引き戻す。ほらね、いつも通り彼は、俺のアプローチなんてするりとはぐらかして……え?今なんて言った?
「本当に……?いいの?だって黒田さん……」
「いつの話してるの!さすがにもうとっくに整理ついてるよ。……それに元貴も無事卒業できそうだし」
このタイミングならいいかなって、と涼ちゃんは顔を背けながら言う。後ろからでも確認できるその耳は赤く染まっていて、俺は思わず彼に駆け寄って後ろから思いっきり抱きしめた。
「本当の本当に?夢じゃないよね?涼ちゃん、本当に俺の恋人になってくれるの?」
心臓は痛いほど早鐘を打っている。
「いいの?本当に俺でいいの?あんまりにもしつこいから、とかだったりする?」
声が震える。ずっと描いていた告白シーンからは程遠い。本当はもっとスマートに、かっこよく決めるはずだったのに。涼ちゃんは苦笑しながら身体にまわされた手にそっと自分の手を重ねた。
「元貴がいいの。……ごめんね、たくさん待たせちゃった」
どうしよう、いつかは現実にしてやると意気込んでいたものの、本当に叶ってみたらこんなにも嬉しいだなんて。目頭がぶわりと熱を持つ。俺は泣いているのを悟られたくなくて、彼の背中に顔を埋めた。涼ちゃんの匂いがする。柔らかなおひさまみたいな匂いとなんだか甘い香り。ライブ終わりだからちょっと汗臭いけど。
「元貴……?ちょっと〜鼻水つけないでよっ」
へへ、泣いてんのバレちゃった。
「不意打ちはズルいよ、俺もっとかっこよく決めるつもりだったのに〜」
「なにそれ、元貴はいつだってかっこいいよ」
あぁ、もう。ズルい、ズルいなぁ。涼ちゃんは俺に抱きつかれたまま、身体をねじるようにして俺の頭を撫でる。
「ね、涼ちゃん」
「なに?」
「キスしてい?」
ふふ、と彼は思わずというように笑う。
「聞かずともいつも勝手にしてくるくせに」
「違うよそれは頬にでしょ!ちゃんと……ちゃんとしたやつ」
なんだかなぁ。ただでさえ歳下なのだから、こういうところもスマートにやって頼れるところをみせたいのに、彼の前ではいつも余裕なんてなくなってしまう。
「……ここ、控え室だから」
「もう残ってんの俺と涼ちゃんだけだよ」
「スタッフさんが来るかも……。分かったよ、1回だけだからね」
彼の身体にまわした腕の力をねだるように強めると、彼は諦めたように頷いた。改めて向き直る様に身体を動かし、僕と彼の目線はぴたりと合う。あ、そうか、涼ちゃんも緊張してるんだ。俺の方ばかり余裕が無いのだと思っていたから、少し気まずそうに目線を揺らす彼の様子になんだか嬉しくなってしまう。
「涼ちゃ……ううん。涼架のことが、好きです、ずっと」
彼は照れくさそうに笑う。
「俺も……元貴のこと、好きです」
どちらからともなく俺たちの唇は重なった。最初は触れるだけだったそれはだんだんと深さを増していく。俺たちの互いの想いを示すように。
「ねぇ、そういえばいつからだったの?」
「なにが?」
「涼ちゃんが俺と付き合ってもいいかなーって思い始めたの」
あぁ、と彼は少し考え込むように頬に手を当てて
「割とね、ずっと元貴のことは好きだったんだろうと思う。でも好意を寄せられてその気になっちゃってるだけかもしれないしと思ったのと、いろいろと忙しかったのもあって考えるのを後回しにしてたのね。でも、メジャーデビューが決まって……元貴はミセスのフロントマンとしての仕事もたっくさんあるなかでちゃんと学業も成立させたじゃない」
「……涼ちゃんと綾華にはだいぶ手伝ってもらっちゃったけどね。レポートとか」
俺は照れくさくなって頭を搔く。
「周りの支えがなきゃここまでやってこれなかったよ」
「元貴の、ちゃんと周りへの感謝を忘れないところとかも素敵だなって思うことのひとつだよ」
涼ちゃんは柔らかな笑みを浮かべながら俺の頭をぽんぽんと撫でた。
「そう、それでね、そんな元貴の姿をみてたら、もちろん凄いなとも思ったし尊敬もしてるし……かっこいいなって……あぁ俺、この人のことが素直に好きだなぁって思ったんだ」
真面目な顔でそう語る彼をみていたら、自分で聞いたくせにだんだんと恥ずかしくなってきてしまう。
「俺が卒業までがんばろって思ったのは涼ちゃんの言葉があったからだけどね……でもそう思ってもらえたならやり通した甲斐があるかな」
それにきっと、貴方が言ってくれたようにこの経験は必ず俺の強さになる。そんな予感がしている。
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嬉しいことにフォロワー様が1500人に到達しました!
そこで連続にはなってしまうのですが、本日も記念ということで番外編その2を……
昨日の番外編に関して嬉しいコメントをいろいろといただけて……めちゃくちゃ嬉しいです、本当にありがとうございます!
明日は新作の連載を始めるか、オムニバスを更新するか迷っております……( ´-` )
どちらになるか……更新をお楽しみにお待ちいただければ嬉しいです
コメント
17件
1500人おめでとうー! 特等席を君に。本当に大好きだから、こうして記念作品とかの機会にまたこの二人に会えるのが嬉しい、、 しかもあの頃から変わらず毎日更新をずっとしてくれてるのもすごすぎるよ、、! まじで体調とか気をつけてがんばってほしい(何目線)
1500人おめでとうございます!!番外編、というか全部、やっぱりとても素敵な文章すぎて毎回惚れ惚れします…😭最初の頃のフォロワーさんが400人、それだけでもすごいのに今や1500!!自分ごとのように嬉しいです!!もう公式マークつけて…これからも更新心から待ってます!!ありがとうございます!!!
ありがとうございます😭 ちゃんと付き合ってくれた〜って本編でも付き合ってたんだけどちゃんと両思いになるトコが見たかったのでもう感動です🥹✨ 改めて1500人おめでとうございます✨これからも楽しみにしてますね💕