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卵の白身の天ぷら。
知らない人が聞けば何を言っている。となるだろう。俺だって何も知らなければその反応をしたと思う。
俺の母親は卵の白身の天ぷらが好物である。どこが美味しいのか、どこがいいのか。俺にはわからない。
母親に何度も尋ねてみたけれど母親はわからなくていいの一点張りで教えてくれそうな雰囲気もない。
卵の白身の天ぷらを好き好んで食べる人間なんて母親ぐらいだろう。今まで学生生活を遡っても見たことはない。
それでも母親は毎月卵の白身の天ぷらをあげる。そして何も言わずにそれをかじる。俺も、昔は疑問に思っていたがいまではまるで普通かのように食べる。父はいない。
ある日、また母親は卵の白身の天ぷらを作った。今日は随分スパンが短い。先週作ったばかりなのにまた卵の白身の天ぷら。
そろそろ黄身も天ぷらにしないのか。疑問が湧いてくる。白身だけに拘る理由がどれがけ考えても見つからない。
今日も白身の天ぷらを何も言わずに食べる。けれど、今日はいつもと違うことがあった。
それは、母親が卵の白身の天ぷらを父の位牌の前においたのだ。こういう日は年にたまにある程度。いつも決まってお盆の時期にやってくる。こういう時期は前回からみて、いつもより早いタイミングでの卵の白身の天ぷらの提供となるのだ。
「卵の白身の天ぷら?なにそれ」
田中が馬鹿にしたようにいう。
無理はない。卵の白身の天ぷらなんて誰が聞いたことあるだろうか。俺だって今まで聞いたことは一度もないだろう。
「美味しいん?それ」
大体のやつはこう聞いてくる。不味くもないし美味しくもない。別に好きでもないし嫌いでもない。気がつけば昔から食卓に並んでいる。俺にとってはそれだけだった。でも、佐藤だけは違った。
「なにかあるんじゃない?その卵の白身の天ぷら。理由がさ」
卵の白身の天ぷらが夕飯に出てくる理由を考えてくれるようだ。俺ですら知らないのに、ただのクイズ研究会の部員の佐藤にわかるはずがない。俺はそう思った。
それから佐藤は俺に質問をした。
いつから出されるようになったのか、どんな日に出るのか、出る日は決まっているのか、どんな頻度か、変わったことはないか、本当に多岐にわたるような質問であった。
一つ聞き、俺がひとつ答えるごとに佐藤の顔は段々としかめっ面になっていった。どうやら佐藤も本気で悩んでいるらしい。
最後に佐藤が聞いた。
「なぁ、お前の父親の命日って何日だっけ」
俺は父親の命日を知らなかった。父親は俺がまだ物心つく前になくなっていた。だから、正確に何日とはその場で答えることができなかった。「なぁ、母さん。父さんの命日って何日だっけ」母親に電話で聞いた。母親は「22日」と言った。それだけ聞くと俺は礼を言って電話を切った。
「らしいぜ。佐藤」
スピーカーで電話していたので、佐藤にも聞こえていただろう。
それからしばらくの間、佐藤はしかめっ面をしたままその場で固まった。そして佐藤は時計の針が17:00を指した頃、急に動き出した。
「命日だ、月命日。だから、母さんはきっとそれを作るんだよ。生前の父さんの好物だったんじゃないか?」
そんなことない、と言いたかったがそんなことがある気がしてきた。父さんは細身だった。そして、もともとは養鶏場で働いていた。卵の白身をこよなく愛していたとしても不思議ではないかもしれない。なんだって不思議ではない。
「家帰って、聞いてみるわ」
俺はカバンを掴むと自宅へ走り出した。多分、今走っている速度でタイム測定すれば、学年の中の上ぐらいのタイムは出るだろう。そのレベルで早く走っていた。
「ただいま。母さんっ」
母親の後ろ姿を見ると大きな声で声をかける。母親は大きな声に驚き、身体を震わせると「大きな声、急に出さないで」といい、こちらに振り返った。
「父さんは、卵の白身が好きだったの?」俺の唐突の質問に母親は笑った。母親が何も言わなくても、その表情だけで答えが分かるようだった。
「ええ、そうね。あの人は卵は白身が好きだったの」
その一言ですべての謎が解けた。母親が作る謎の料理、卵の白身の天ぷら。毎月出てくる夕飯メニュー。たまに月2になる卵の白身の天ぷら。だからか、だから母さんはいつも。
俺は位牌の前に卵の白身の天ぷらを置くと、手を合わせた。父親の好物である。父親のことはあまり記憶はないけれど、俺にとっては父親を唯一感じることのできるメニュー、それが卵の白身の天ぷらである。
それを俺は社会人になった今日も家で作る。
「いただきます」