「まぁ、なんだ。この後、“例の後輩”を迎えにいくから、家を開けることになるし。その間に風呂でも入るか?」
「一緒に?」
・・・んなワケないだろ。姪のハダカなんか、見たくもない。
坂沼(サカヌマ)は、脱衣所に立って。ヨミカが風呂に入っている間に、いくつか質問することにした。いくら視力があったって、いきなり妖狐が“視える”のはおかしな話だ。雲外鏡を持ち込んだ依頼人が来た時には、とくにヨミカにおかしな挙動は見当たらなかったのだから。”妖狐にだけ反応する”のはおかしい。…反応たって、エロい意味じゃないけどな。断じて。
「ヨミカ、お前今までに変なものが視えた事はないか?」
「変なものぉ?」
ヨミカが、シャワーを浴びながら不思議そうな声を出した。“シャー”という、流水の音がするからわかる・・覗いたワケじゃない。
「あんまり視えないかなぁ…」
それなら。どうして妖狐だけは視えるのか、なんて野暮な疑問をぶつけるつもりはない。考えてみれば、ヨミカは元からかなり”変わった”子どもだったし。奇怪という言葉がこれ程までに当てはまる子どもは、他にいないだろう。毎日が超自然のパレードみたいな坂沼家で、自然な事を探す方が無理な話だ。東京からたまたま来ている姪に妖狐が視えたとしても、何ら不思議はないのかもしれない。それにしてもーーー
坂沼(サカヌマ)は居間をぐるりと見回した。この居間はDIYが必要だな。床の木材が飛び出して危ないだけじゃなく、天井が今にも巨大プレス殺戮マシンの如く落ちてきそうだ…何とかしないと。そのうち、部屋に殺される。
「あー、超絶ボロいですよねぇ…天井」
ヨミカが、浴室に反響する声でいった。
「築1000年ですかぁ?」
「30年だッ!」
…怒鳴ったところで仕方がない。分かっている。木造建築の寿命は約30年。坂沼は由緒ある家柄の鑑定士とはいえ、新築にする程の稼ぎもないし。正直、生活も安定していない。隣町のアルバイトを掛け持ちした方がたくさん稼げる。…と、いったモノの。いまは後輩を迎えに行くのが先決だ。陰陽師としての仕事だって、一応は大切だ。気を散らしてはいけない。
「ヨミカ。ちょっと出かけてくるから、風呂と晩飯が済んだら。テキトーに遊んでてくれ」
坂沼は鑑定道具と『伊達キセル』をとり、再び玄関へ向かった。
「お前は来なくていい」
極端に内側がすり減った下駄を履きながら、坂沼はヨミカがいない事を確認していった。
『何故?いいじゃろう。妖狐ロリくらい』
「なんでって…」
手を上げ、タクシーに乗り込みながら坂沼はヒソヒソ声でいった。対向車線の救急車のドップラー効果が久々に吸う外の空気と共に懐かしさを感じさせる。こんな涼しかったんだな、外。
「まだお前を信用した訳じゃないし、これから行く場所に神様の居場所はないからな」
『何故?』
「危ないからだよ…あ、スカイツリーまでお願いします…人が大勢いる場所には連れていけないんだ」
『すかい…つりい?何じゃそれは…喰えるのか?』
「スカイツリーだ」
スカイツリーを喰うなんていう突拍子もない発言に耳を疑う。なんだか、坂沼が。割を食う仕事をしていると比喩的に例えているような気がしてならないのは、心が荒んでいるせいだろうか。・・きっと、そうだ。
「よし・・迎えに行くか。後輩“陰陽師”」
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