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空を想うもう一人の男は「新」という名前やと知った。聞いたというより、空が話の途中で、何気なくその名を溢してしまったと言うべきやろう。
「……え、新って、前の美術の?」
「……へぇ、知ってんの?」
焦っているくせに、余裕を装って答える空の顔。絶対にマズいと思っている時の顔や。
「知ってるも何も! 学校中の女子が、ほぼあの人に恋してたんやぞ!! 無理無理無理無理! あんな現代のダビデ像みたいな人に、勝てるわけないって!!」
「……ふふっ、そんなリアクションやとは思ってなかったわ」
空はきっと、俺が嫉妬全開で問い詰めるとか、先生に手を出すなんてありえないと攻め立てると思ってたんやと思う。
少しホッとしたように笑う空を見て、俺も少しだけ気が抜けた。
俺やって、自分で、空の「二人目」になるって決めた。俺自身、頭がおかしい自覚はある。空を責めるなんて、できひん。人を好きになるのに、理屈なんて通用しないんやから。
「でも、普通ちょっとは考えるやろ?空の『Lover』は誰やろ、とかさ」
「待って、Loverって何!?そこだけ発音良すぎて笑えるんやけど!」
ソファで笑い転げながら、空が俺の足に自分の足を絡ませてくる。
またそうやって、はぐらかして話を逸らそうとする。ふざけた言い方をした俺も悪いけど。
「ソフレもセフレも嫌やねん。だから、Loverって呼ぶ」
「……意外とええかも。Lover」
空も真似して笑う。空も小さい頃から英才教育を受けてきたから、無駄に発音が良い。なんなら、俺よりよくて面白い。……いや、こんな和やかに笑っている場合じゃないねん。
俺は今、人生の岐路に立たされている。
明日、卒業式を迎えれば、空とのLoveが解禁されるはずや。空にとっての大人になる瞬間、がどこを指すのかは分からへんけど、俺の予測では、卒業式の後がその時や。
「……ていうか、新の何に勝とうとしてんの? もとちゃんは」
空が顔を寄せて、誘うような瞳で俺を見てくる。
こんな綺麗な人が、あの完璧な新先生とLoverやなんて。誰が見たって俺の負けやろうが。
「……空の初めては俺がいい」
「……へぇ」
余裕たっぷりの顔で、俺の反応を楽しんでる。でも、空だってまだなはずやろ?
なんでそんな余裕の顔ができるねん。
……まさか、もう、新先生と!?
「……空が大人になるのって、いつなん?」
空の顔がわずかに曇る。あぁ、間違えた。こんな話を今するべきじゃなかった。ただの「ヤりたい奴」みたいに思われたやろか。空のタイミングに、もっと寄り添うべきやったのに。
「……俺的には、もうなってる気はしてるけどな」
「え!? それって!!」
感情が弾け、勢いよく空をソファに押し倒した。
それは、明日の卒業式までわざわざ待たなくてええって事!?
「ちょっと待って! ここまで耐えたんやから、せめて明日まで待ってよ」
俺の下で「あはは」と笑う空は、ほんまに嬉しそうや。
「……俺が精神的に安定して、毎日穏やかに暮らせてるのは、もとちゃんと新のおかげやねん。ほんま、ありがとうな」
細い指が伸びて、俺の頬に触れる。
俺はヤることばかり頭にあったのに、空はそんな深いところまで考えて俺を必要としてくれていた。まだまだ大人になれていないのは、俺の方や。
こんなん、新先生に勝てるわけがない。
空が最初に選んだのはあの人やった。一途に愛して、多分……空と向き合いたくて、あの人は自分の居場所さえ捨てたんや。
落ち着いていて、空の安定剤になっていて。遠くから見てただけやけど、きっと穏やかで、優しくて……大人で。
自分の子供さに情けなくて、なんか泣けてくるわ。
「……自分が育ててきた大切なもの全部捨てて、俺を選んでくれてありがとうな。もとちゃんのこと好きって伝えたあの頃と同じ熱量で、今でも、好き。大好きや」
鼻をすする俺に、空からの優しいキスが降ってきた。
嬉しい。でも、これが俺だけのもんなら、もっと、死ねるくらい嬉しかったのに。
少しずつ熱を帯びていく口づけに、意識が遠のく。
このまま卒業を待たずに、空のことを新先生よりも先に、めちゃくちゃに抱いてしまうのも、一つの手かもしれへん。
「んっ、……もとちゃん」
「俺も、空のこと、好き……っ」
シャツの下に手を差し入れ、生身の肌の熱を感じる。
今まで、この肌に触れるのは極力避けてきた。触れてしまえば、二度と止まれなくなる自分が怖かったから。
「あ、もとちゃん、待って」
動き回る俺の手を、空が強く握って止めた。
あかん。やってもた。ここまで必死に耐えてきたのに、空を裏切るような真似をして。嫌われたかもしれへん。
空の心臓が、ドクドクと大きな音を立てているのが掌から伝わってくる。空だって、興奮しているはずや。俺を想う気持ちも、きっと本物で。なのに、俺は何してるねん。
「……ごめん。焦った。……新先生に、先越されたくなくて」
反省するように、ソファから降りてその場に正座した。
空はきっと許してくれる。優しい人やから。でも、俺は自分を許せそうにない。
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