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ー気づきたくなかった感情ー
午後の収録現場。
神谷は台本を手にしながら、心ここにあらずだった。
目線だけは文字を追っている。
だが、内容は頭に入ってこない。
入野「神谷さん?」
その声にハッとして顔を上げると、隣にはまた――自由。
入野「……どうした? ぼーっとして」
神谷「……いや、なんでもない」
入野「寝不足?」
神谷「そうかもな」
入野「もしかして…俺のこと、考えてた?」
神谷「バカか」
神谷の声に少し刺が混じったのが自分でもわかった。
だが、自由は怯むどころか、むしろ嬉しそうに微笑んで言った。
入野「……否定は、しないんですね」
神谷「……は?」
入野「“バカか”とは言ったけど、“違う”とは言わなかった。珍しいなって」
そう言ってから、自由は目をそらして立ち上がった。
入野「本番、頑張りましょうね。神谷さんの芝居、今日も楽しみにしてます」
その背中を見送った神谷は、誰にも見られていないことを確認してから、手のひらで顔を覆った。
神谷(……違う。考えてなんか、いない。あいつのことなんて……)
けれど。
思い出すのは、いつも自由の声だ。
まっすぐなセリフ。
隣で笑ってくれる顔。
ふいに見せる、大人びた視線。
そのひとつひとつが、神谷の心を揺さぶる。
神谷(どうして……俺は、自由の“演技”にこんなに動かされてるんだ?)
長年声優をやってきた。
後輩の芝居に感心することはあっても、ここまで“乱される”ことなんてなかった。
これは、ただの演技の相性じゃない。
――もっと、違う。
そこまで考えて、神谷は自分の胸の内をはっきりと認めてしまいそうになり、慌ててその思考をかき消した。
神谷(だめだ。あいつは後輩だ。男だ。……これは、ただの錯覚だ)
けれど、錯覚で済ませるには、自由の言葉はあまりにも“本気”だった。