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それから数日と経たず、『円卓』が招集された。平素とは異なり、通常の議題に触れる前に、事件のことについて会話がなされる。
「――拘束した犯人の聴取は進めていますが、黙秘するばかりで芳しくありません。容姿やその行動記録などから、隣国出身であることは分かっていますが、それ以上はこれからです。……最悪の場合、許可を得て魔術師を動員することも想定しています」
コンラットと共に聴取を担当している『孤高』の騎士団騎士団長、ヨークウェル・サイフリードは、灰色の瞳で冷静に資料をなぞりつつ、淡々と告げる。彼の言葉を聞いて、一瞬眉をひそめる騎士団長もいた。
魔術によって、真実を語らせることは可能だ。ヨークウェルの言葉はそのことを意味していた。だがそれは場合によっては対象人物の精神に大きな傷跡を残す、非人道的な手段だった。しかもそういった種類の魔術に長けた人材は王国に少なく、必要に応じてその能力ゆえに犯罪者に堕ちた者を窮策として採用する可能性すらある。
円卓にはしばし沈黙が下り、少ししてヨークウェルの言葉を『断絶』の騎士団騎士団長、アストリッド・リオネスが引き継いだ。
「うちとベルさんのとこの魔術師に、現場も入念に調査させているわ。実行犯と現場、今はどちらかから手がかりが見つかることを祈りましょう。……その参考として、一つ聞きたいのだけど」
『千紫』の騎士、ベルサリウスを見つつそう言葉を発したあと、アストリッドはアランフェルトをすっと見た。
「あなたが手引きした、ということはないわよね?」
コンラット以外が、アランフェルトを見る。
アランフェルトはその嫌疑に、自分でも納得してしまった。客観的に見てこの事件、アランフェルトが手引きをしていると仮定すると、現状で全ての辻褄が合ってしまう。王国の中枢へ暗殺者が入り込めたのは、その場の警備担当者が手引きをしたから……。現状で分からないのは、動機くらいだろう。
だが彼自身、当然ながらそのようなことをした自覚はない。
「我が剣と騎士団、そして家名に誓って、有り得ません。疑わしいというのなら、拘束していただいても結構。ですがこの件、私が最も解決を望んでいるということも、忘れないでいただきたいです」
「……それが聞けて安心したわ。では、次の議題に移りましょう」
アランフェルトはそれ以降、居心地の悪さに頭を悩ませた。
会議が終わり、アランフェルトが真っ先に部屋を出ていく。それをコンラットが追いかけた。
「……大丈夫か?」
「自分でも少し驚くくらいには、今冷静です」
「だろうな。そういう顔をしている。……それで? 君のほうでは、何か掴んでいるのか?」
「いえ、それがまったく……」
「そうか……。あの感じだと、現場の調査も結果がどうなることやら」
「……ようやく騎士団長になれたと思ったら、これです」
アランフェルトは重々しく呟いた。
騎士王国の騎士団長は全部で十二人。これは長年の伝統であり、これを越えて騎士団長が生まれることはない。つまり、自主的に職を辞したり、罷免されたりして空きができなければ、新たな騎士団長は生まれない、暗黙のルールが敷かれている。過去、決闘によって騎士団長が入れ替わった事例もあるにはあるが、それも例外中の例外だった。アランフェルトには騎士団長たる資質があったが、それと同じくらい運もあったのだ。ゆえに、彼は二十四歳という騎士団長の中でも下から二番目の若さで、今その職に就いていた。
「腐るなよ。今はまだ君を疑うに足るだけの材料すらないんだ。状況的に疑わしいというだけでな……。俺もなんとか情報を集めてみるよ」
「……ありがとうございます」
アランフェルトの肩を優しく叩き、コンラットは足早にその場を去っていった。
✕ ✕ ✕
今日は師匠が円卓に行くということで、私はクラウディアさんに訓練に付き合っていただいていた。
初めて会ったときは気付かなかったけど、彼女は一つ上の階級『卓騎士』だった。あの日、あんなに楽しそうに話していた彼女だけど、流石は卓騎士。判断もそのスピードも、剣技の細部に至るまで、本当に卓越している。私がまだまだ新人だということを、これでもかと実感させられる。
実践形式の訓練のあと、クラウディアさんはその内容を、私へ丁寧に解説してくれた。話を聞いてみると、師匠は普段個人技を全般的に、今のクラウディアさんは連携技を中心に教えてくれているのだと私は気付く。普段とは異なる視点で指導をしてもらえて、本当に勉強になる。そのままクラウディアさんは自身の経験を交えつつ、連携技の訓練も施してくれた。
そんな形で充実した時間を過ごし、二人で少しクールダウンしていると、こちらへ誰かがやってくるのが見える。見慣れたシルエットのその人が太陽の下へ現れたとき、私は嬉しくなって思わず声を上げた。
「ライル!! 久しぶりねっ!」
自然と彼のところへ駆け寄る。
「レティシア様、お久しぶりです。お元気そうで安心しました」
「ええ! 色々あったけれど、見てのとおり元気よ。……あっ、見て見て! 私、もう『正騎士』になったの」
徽章を指さして、彼に自慢する。
「おお、確かにそのようですね。いやぁ、色々と教えさせていただいた身からすると、本当に嬉しいかぎりです」
「私こそ、あなたに訓練してもらっていたから、こんなに早く出世できてると思う。日々あなたの教えに感謝して過ごしていたわ。……いけない! ごめんなさい、クラウディアさん」
彼女のところまでライルを連れていって、彼の紹介をする。
「こちら私の家の執事で、ライルよ。彼は私の剣の師匠でもあるわ。ライル、こちらはクラウディア・トリスラムさん。同じ騎士団の先輩で、とっても良くしていただいているの」
「初めまして、クラウディア様。わたくし、ウェストン公爵家にお仕えしております、ライル・ベイノックと申します。以後、お見知りおきを」
丁寧に挨拶するライルを、クラウディアさんはぼうっとした様子で見上げている。少し頬が赤くなっているような……もしかして、訓練で疲れてしまったのかな?
「クラウディアさん、大丈夫ですか? もしお疲れなようなら、一度寮に戻って……」
「…………えっ? あ、ああ……いえいえっ!! 心配には及びません! なんでも、なんでもありませんからっ! わ、わたくし……クラウディア・トリスラムと申します。子爵家の三女です。ライル様、こちらこそ、以後お見知りおきいただけますと……幸いですわ」
「ええ。レティシア様共々、何卒よろしくお願いいたします」
それから私はクラウディアさんも交えて、ライルに近況を報告した。それを終始嬉しそうに聞いてくれていたライルだったけれど、私がここまでわざわざやってきた理由を尋ねると、彼にしては珍しく、少し困ったような表情を見せた。
「どうかしたの? もしかして……何かあった? 直接会って話さないといけないような、良くないことが何か……」
「いえ、そういうわけではありません。ないのですが……ある意味では、おっしゃるとおりの状況になっております」
「どういうこと?」
心当たりのまったくない私は、首を傾げることしかできない。
「それがですね……あれ以降、ウォレック家との間で婚姻の準備を進めてはいるのですが。……ようやくハインリヒ様が、セレスシア様の現状を把握されたようで」
「ああ、そういうこと……」
それを聞いて不思議そうな顔をしているクラウディアさんに、私は騎士団に入るまでの経緯を説明した。驚いたり、心配したり、興奮したりするような表情をころころと見せてくれるクラウディアさんを見ていて、私も少し溜飲が下がった。
「ハインリヒ様も、レティシア様の妻としての器量の良さを、今更ながら身に染みて理解されたのではないかと……。それで、ですね……」
「戻りませんよ」
「まあ、そうおっしゃいますよね……執事の身ながら大変不躾なお願いをしてしまい、誠に申し訳ございません」
本当に親しい間柄だけど、ライルは立場をわきまえてそう丁寧に頭を下げつつ、謝罪をする。
「いいわ。頭を上げて。そもそも、あなたがそこまで謝るような問題じゃないし」
「……いえ、そうでもありません。今は私のお仕えするウェストン家の今後を左右する、重要な局面でございますから」
「そう言うと大ごとに聞こえるけれど……でも先に欲を出したのはハインリヒ、ウォレック家よ。あなたの気持ちも分からなくはないけど……今誠心誠意、心を砕くべきは向こうでしょう。だから今はハインリヒか、最低でもお父様かお母様に出てきてもらわないと、私も対応できないわ」
「おっしゃるとおりです」
「セレスシアにも今の状況、悪いとは思うけど……でも、公爵の家に生まれるとはそういうことだから。それを今まで理解できていなかった、あの子の落ち度だわ」
「……やはり、ぐうの音も出ませんね。流石ウェストン家長子であられる、レティシア様です」
ライルが見慣れた微笑みを浮かべる。この顔を見るのも、随分と久しぶりな気がする。……そうよ! ライルと会うのは久しぶりなのだし。
「丁度いいわ、ライル! せっかくここで会えたのだし、少し手合せをお願いできる? あなたから見て今の私はどうか、忌憚のない意見を聞かせてほしいわ」
「分かりました。レティシア様のお望みとあらば」
ライルはクラウディアさんから木製の剣を借りると、上着を脱ぎ、動きやすい格好になった。そしてすぐに私と対峙する。
私たちは剣を構え、実家での訓練と同じように、軽くお辞儀をした。それが訓練開始の合図だ。
すぐにライルから仕掛けてくる。アルザリオン流剣術『縮地』で一気に距離を詰めてくると、彼が好んで使う剣技、アルザリオン流剣術『針連峰』――突進しながらの刺突による連続攻撃で、私を追い立てようとする。
最初から全力でライルは私を攻めてくる。以前の私ならその一撃一撃を捌き切れず、そこで訓練は終わっていただろう。でも、今は違う。私は訓練によって以前よりもはっきりと見えるようになった剣筋を、冷静に見据えると、私の体へ触れる攻撃だけを、手にした剣でいなす。そのまま私は追い立てられるのではなく、逆に前進し、ライルに向けて剣技を放つ。
――アルザリオン流剣術『陽炎』。全身と剣に行き渡らせた魔力を熱に変換することで、周囲の光を屈折させ、相手に自分の位置を誤認させつつ攻撃をする剣術。これは王都に来てから、師匠に習った剣術だ。師匠相手では完全に対応されてしまうだろうけど、ライル相手なら多少なりとも判断を遅らせることができるはず。
私はそのまま剣を、彼の喉元めがけて振るう。だけど、やはり彼は卓越していた。繋術で強化した腕を素早く動かすと、刺突を剣による受け流しへ即座に変換する。私の一撃は、たやすく彼の剣身に弾かれる。
そうして私たちは交錯し、そしてまたすぐに、お互いへ向き直った。そのまま円を描くように、じりじりとお互いの出方をうかがう。
「……流石です、レティシア様。先ほど烈火の騎士団に入ったというお話を伺っていなければ、今の一撃を私は受け流せなかったでしょう」
「たったそれだけの情報から、私の剣技を絞り込むなんて……。やっぱり私の最初の師匠は、伊達ではないわね」
「恐縮です」
「でも、だからといって……あなたには負けられないわ!」
昔から、いつか彼に勝ちたいと思っていたけれど、やっぱりまだまだ難しそうだ。でも今は、それでいいとも思う。だってそれが分かるってことは、私はまだまだ強くなれるってことだから。
✕ ✕ ✕
騎士団の庁舎へ戻ったアランフェルトは、レティシアを探した。あの日、一緒に事件の中心にいた彼女と再度話をし、何か解決のための糸口を見つけられないだろうかと考えての行動だった。
剣戟の音を耳にしたアランフェルトがそちらへ向かってみると、レティシアが見知らぬ男性と訓練を行っている。側にいたクラウディアに話を聞けば、相手は彼女の家の執事で、剣の師匠でもあると言う。
以前からその人物に興味があったアランフェルトは、しばしその訓練を観戦するのだった。
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