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その後、私から何度か仕掛けてみたけれど、結局ライルに一撃加えることは一度もできなかった。でも実家にいた頃は、こんなに何度も彼に仕掛けることはできなかったし、いつも彼が私に勝つことで訓練は終わっていた。それと比べれば今のは正直、かなりの進歩だ。私は多少なりとも自分の成長を実感して、そこで訓練を終えることにした。
「……ふぅ。あなたに勝つことができる日は、まだまだ先になりそうね。でも、ありがとう。少しずつでも、あなたのいる場所に近づいていってるって、確かに感じた」
「少しずつなど……レティシア様は私の想像の何倍も早く、成長しておられますよ。これは世辞などではなく、客観的に見たときの紛れもない事実です」
「そうだったら、本当に嬉しいわ。……でなければ、今の師匠の足を引っ張ることにも、繋がりかねないもの」
「……とおっしゃいますと?」
今の師匠――アランフェルト様が途中から訓練を観戦していたことに気付いていた私は、彼をライルに紹介する。
「アランフェルト様。こちら私の家の執事をしてくれている、ライルです。ライル、こちらは私に剣術を教えてくださっている騎士団長、アランフェルト様よ」
「なるほど……あなたが『烈火』の騎士、アランフェルト・ケイオス殿ですか。ライル・ベイノックと申します。以後、何卒お見知りおきを」
手を差し出したライルの顔を、師匠は不思議そうな顔で見つめている。
「ベイノック……? …………あっ!! あなたもしや、『月光』のベイノック様では!?」
「おやおや、随分と懐かしい名前をご存じのようで……。ですが、それも昔の話です。今はもう、ただのライルでございます」
彼にしては珍しく、ちょっぴり恥ずかしそうにも見える表情をしている。
「えっと……? 一体、なんの話でしょう?」
「レティ、君知らないのか? 『月光』のベイノックといえば、騎士団長就任は時間の問題と言われながら、突然騎士団を去っていった……伝説の副団長だぞ!」
「わ、わたくしも聞いたことがありますっ! 確か、ライルさんが騎士団をお辞めになったことで、その後騎士団長の席が空いた際に、次の候補がなかなか決まらず、騎士団全体が非常に困窮したとか……」
「その節は、本当にご迷惑をおかけしました」
ライルは師匠とクラウディアさんに向き直り、丁寧にお辞儀をしてみせた。
「ということは……ライル、本当のことなの?」
「……はい。レティシア様には黙っていたような形になってしまい、申し訳ございません。私自身、自慢するような話でもないと、これまでずっと考えておりましたので、お伝えするような機会には恵まれず……」
「そうだったの……。まあでも、それを聞いて納得だわ。騎士団に入ってみてよく分かったけど、あなたほどの実力者が一般の騎士の枠に収まっているわけないものね」
「……恐縮です」
そう言うライルは、さっきよりも明らかに照れているように見えた。
私はそのあと、実家のことを愚痴るように師匠へ説明した。それを聞いて、師匠はライルがここにいる理由にも納得をしてくれた。その流れで、ライルには私と師匠が騎士団の中でややこしい関係にあることも伝える。私よりも騎士団長という役職に詳しいだろうライルは、師匠に労いの言葉を贈ってくれた。けれど、その言葉を聞いて師匠の表情は明るくなるどころか、明らかに曇っていく。
「……何かあったんですか?」
「いや、それが……。そのことで、少し君に相談したいことがあって……」
師匠は今日の会議の話を、私たちにしてくれた。まさかそんなことになっているとは思っていなかったのだけど、でも師匠のいうことも分かってしまう私がいた。確かに今ある情報を照らし合わせると、師匠が犯人だと仮定したとき、それを否定する材料は今のところない。でも私自身、彼はやっていない、やるはずがないという確信がある。
「この状況をなんとかするには、私も個人的に犯人を探し出す必要があるだろう。だから、あのとき一緒にいた君には、できるだけ協力を頼みたいと思ってね……」
「師匠の一大事ですもの、協力しない理由がありません! なんでも言ってください!」
「……偶然とはいえ、この場に居合わせたのも何かの縁でしょう。わたくしにできることがあれば、何でも遠慮なく言ってくださいまし!」
クラウディアさんも、師匠へ決意を固めた視線を送った。
私は今自分にできることについて、必死に考える。あの日あそこで何があって、私は何を見た? 何を聞いた? そして、何をした……?
「二人とも、ありがとう。私はこのあと、レティと一緒にもう一度現場へ行ってみるつもりだ。クラウディア、君はタイミングを見て実行犯の事情聴取がどうなっているか、探りを入れてもらえるだろうか。……ただ君も烈火の騎士団所属だ。私が疑われている以上、もしかしたら情報を遮断されるかもしれない。そのときは、無理のない範囲で構わない。君の今後に響くようなことは、控えてほしい」
「承りましたわ」
……闇に紛れた実行犯による襲撃と、その前の魔術による下準備。一瞬で会場は暗くなり、そしてみな身動きが取れなくなった。あの日あの場所で、複数の魔術が施されたのはまず間違いない。
「……ライル。あなたにも、いくつか頼み事があるのだけど」
「はい。なんなりとお申し付けください。特に王都には、かつての知り合いもまだその多くが残っているでしょう。その伝手を頼れば、何かしらでお二人のお役に立てるかと……」
「そうね。それも頼りにさせてもらいたいけど、今はちょっと別のことをお願いしたくて」
「と、おっしゃいますと……?」
あのあと、私は師匠と一緒にパーティー会場へ行き、当日起こったことを二人で確認してみたけれど、特に収穫はなかった。
そして数日が経ち、私がライルに頼んでいたものが寮に届く。
「これは……何だ?」
騎士団長室へと持っていったそれを見て、師匠は不思議そうな顔をした。それもそのはず、ライルに頼んでいたのは何の変哲もないお菓子だったからだ。
「私の故郷で人気の、『イロリフ』という焼き菓子です。お土産としても、結構有名なんですよ?」
「……それが、今回役に立つと?」
「もちろんです! 実は協力をお願いしようと思っている方が王都にいるんですが、その方がちょっと気難しい方でして……。このお菓子を持っていけば、とりあえず話は聞いてもらえるんじゃないかなと」
「なるほど……。それで、その方は王都のどこに?」
「あそこです」
私は師匠を連れて王都の研究機関、王立魔術院を訪ねた。一度しか行ったことはないけれど、どこにあるかははっきりと覚えているその部屋を目指し、私は迷いなく建物の中を進んでいく。私たちは建物のほとんど一番奥まで来ると、そこにある扉をノックした。
しばらく待っても、特に反応はない。もう一度ノックしようとかと思っていると、ゆっくりと目の前の扉が開いた。中から猫背の男性が顔を出してくる。短い金髪と四角いメガネが印象的なその人は周囲を確認し、私の姿を見つけると、少し驚いたような表情を見せた。
「君か……久しいな」
「ご無沙汰してます、アシュレイ様。今日はちょっと、お願いがあってまいりました」
名前を聞いて、師匠は少し驚いたようだった。アシュレイ様は慣れているようで全く気にせず、少し考える素振りを見せる。
「……ちょっと今立て込んでいてね。日を改めてもらえないだろうか」
「まあまあ、そう言わずに……。ほら、差し入れにイロリフも持ってきたので、とりあえず話を聞いてもらえませんか?」
アシュレイ様はこちらにもはっきりと分かるくらい、面倒くさそうな態度で頬を掻いていたけれど、少しして、扉を大きく開けてくれた。私はそのまま師匠を引き連れて、部屋の中へと入っていく。
「……なあ、レティ。アシュレイ殿とは、まさかあのアシュレイ殿か? 王国でも指折りの魔術師と名高い……」
師匠が私に、そう耳打ちした。
「ええ、そのアシュレイ様です」
師匠はさっきよりも、明らかに驚いてみせた。
「まさか、そんな人物とも顔見知りとは……。まったく、君は持っている人脈も驚くものばかりだな」
「ふふっ……ライルは、私もちょっと予想外でしたけどね」
「……しかし。アシュレイ殿とは、いったいどういう経緯で……?」
その言葉が耳に届いたようで、アシュレイ様は私を見た。私もアシュレイ様を見、そして師匠には端的に、事実を伝えることにした。
「師匠はアシュレイ様のフルネームをご存じないようですね。……こちらは、アシュレイ・セラフ・ウェストン様。彼は私の父、ウェストン公爵の弟――つまり、私の叔父に当たる人物です」
「そ、そういうことか……」
「なので私の故郷であり、叔父様の故郷でもある土地のお菓子を差し入れに持ってきた、というわけです」
「……全て理解した」
少し驚かせようと思って、色々と黙っていたことを、ここに来て私は全て、師匠に説明してみせた。
うんうんと納得した素振りを見せる師匠を、叔父様は上から下まで、じっくりと観察する。
「えっと……レティシア。彼は…………あっ。君の恋人かい?」
勝手に納得した様子で手を打った叔父様は、そう言って私と師匠を交互に見る。
「違います違いますっ! ……私の服装を見て、もっと他に何か気付きません?」
「……王都へ来るのに、そんな安っぽい服装で大丈夫なのかい?」
私の騎士装束を見て、叔父様はそんなボケた言葉を口にするのだった。