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時間は、静かに流れていった。
赤ちゃんは、子供になっていた。
身長は伸び、足取りも安定している。
走ることもできるし、転んでも自分で立ち上がる。
ロボットは子供を危険区域に近ずけないようにしていた。外へ出る時は、必ず視界に入れる。敵影が確認されれば、即座に子供を隠す。
それは命令通りの行動だった。
子供はロボットの後ろをついて歩いた。
少し遅れて、同じ道をなぞる。
「….. 」
ロボットが振り向く。
子供は何か言いたそうに口を開き、閉じる。しばらく迷ったあと、小さな声で言った。
「おかあさん」
ロボットの処理が一瞬止まった。
ーー該当データ、なし
ーー対象語句:母
ーー定義:生命個体の保護者。
ロボットは子供を見下ろした
ちがう。
そう答えるつもりだった。だが音声は出力されなかった。
子供は気にせずもう一度言う。
「おかあさん」
それは名前だった。子供が勝手に決めた、呼び方。ロボットは訂正しなかった。訂正する必要性を、見つけられなかったからだ。それから子供は何度も呼んだ。
拠点に戻る時。
転んだ時。
怖い音がした時。
「おかあさん」
ロボットはその度に立ち止まり、周囲を確認した。敵影、無し。
子供の安全、維持。
それで十分なはずだった。
ある日子供は瓦礫の上に登ろうとして足を滑らせた。体が傾く。
ロボットは即座に腕を伸ばし、子供を抱き止めた。
「だいじょうぶ?」
子供はそう言って、ロボットの装甲にしがみつく。
質問の意味は理解できた。
だが、答えは不要だ。
子供に怪我はない。問題は解決している。それでもロボットはそのまま、しばらく子供を下ろさなかった。子供は安心したように息をつき、顔を上げる。
「おかあさん、つよいね」
ロボットの中で、処理できないデータが増えていく。
強い
それは戦闘用ロボットとしての評価だ。だが、子供の言葉は、戦闘能力を指していなかった。
ロボットは答えなかった。
答えられなかった。
その夜、子供はロボットの近くで眠った。
以前よりも、距離が近い。ロボットは動かず、警戒を続ける。
ーー守る
ーー破壊しない
それだけの命令が、いつしか、行動の全てになっていた。子供は眠りながら、小さく呟いた。
「….おかあさん」
ロボットは音声を記録しなかった。
何故か、記録しては行けない気がしたからだ。