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名無しのヒーロー

18 - 第18話 熱があってもママは寝れません

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2024年02月26日

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電話が切れた後、出来れば取り繕って自分や部屋をキレイにしたかった。

でも、腕を動かしただけで胸が痛む。それに、熱が高くてフラフラする。

いまは、もう、色んな事をあきらめて美優のそばでダラダラと横になった。


移る病気だったらどうしよう。とか、酷い病気で入院とかになったらどうしよう。とか、ネガティブ思考がスパイラルに入って行く。

シングルマザーは、柱が一本で子供を支えているから、柱が倒れると子供も共倒れになってしまう。

こういう時は、弱いなぁ。と、つくづく実感する。


親がいくら具合が悪くても乳幼児には関係の無い話で、ぼんやりとした頭で美優を見ていると椅子の足を掴んで立ち上がろうとしていた。

あっ!あぶない!!

慌てて立ち上がり、間一髪のところで、椅子と共に倒れそうになった美優を抑える。すると、急に動いたせいか胸にズキンと痛みが走った。

「痛ッ」

その場にうずくまることしか出来ない。

どんなに具合が悪くても寝ていることさえままならないのだ。


この体調の悪さは、普通の風邪と違う感じがする。本当にマズイかも……。


” ピンポーン ”とチャイムが鳴り、やっとの思いでインターフォンを取ると朝倉先生の声が聞こえてホッとする。


壁を伝い玄関を開けた。

逆光で朝倉先生の背中から日の射す光景は、まさに神降臨!

尊い……。


朝倉先生の姿を見て、気が緩んだのか、フラッと目眩がした。


「谷野さん、私につかまって」

と、膝裏と背中を支えられ、体がフワリと持ち上がった。


いきなりお姫様抱っこをされて、私は、はわわな状態だ。

朝倉先生からウッディーな香りが漂い、距離の近さを感じる。

興奮状態でヤバイほど熱が上がっている気がする。

心拍数もドキドキと全速力走った後のようになって胸の奥が苦しくて痛い。


病気とは違う意味で死ねます。


でも、実際はそんな冗談を言っていられないぐらい本当に具合が悪い。

この際だから” 無理を言っても病院に連れて行ってもらった方が良いのでは? ” という思いと “ イヤイヤいくらなんでも迷惑なんじゃない? ”と言う思いが心の中で交錯する。


ベッドの上に降ろされ、朝倉先生の手がおでこに当てられた。

はぁ、余計に熱が上がりそう。


「ずいぶんと熱が高いな、他に症状は? 咳が出るとか、喉が痛いとか」


「あの、お恥ずかしい話ですが、胸が張って痛いんです」


私が伝えると、朝倉先生は少し考えるような様子の後、電話を掛け始めた。

床の上で遊んでいた美優をヒョイと抱き上げ、あやしながら通話をしている。

尊い……。


朝倉先生ってば、なんで私が困っていると現れて助けてくれるんだろう。

こんなんで、好きになるのを止めるなんて無理だよ。

仕事相手の憧れの人からとっくに好きな人に変わっていた。


朝倉先生は、電話を掛け終わると私の方に向き直り、心配そうな顔をしながら声を掛けてくれる。


「今から出かけるから車のカギを貸して、それと、美優ちゃんの荷物ってどうしたらいいか教えてくれる?」

幸いマザーズバックは、ある程度時間がある時に荷物を整理してあったので、ポットにお湯を用意するぐらいで荷物の準備は完了した。

「これから、助産師さんのところに行くから」

と、言われた。

婦人科ならわかるけど、何故、助産師さんのところなのかピンと来なかった。でも、朝倉先生にお任せするしかない。

ヨロヨロと立ち上がり着替えの準備を始める。

すると、朝倉先生から声が掛かる。


「そのままの服装でいいよ。病人なんだから、上着を羽織れば大丈夫」


チャイルドシートに美優を座らせると直ぐに朝倉先生は私を迎えに来て、脇を支えてくれた。おかげでふらつかずに車の後部座席に乗り込むことが出来た。


「着いたら起こすから寝ていていいよ」

ふわりとブランケットで包み込まれ、とても温かい。

熱で朦朧とする中、朝倉先生の気遣いが沁みる。

言葉に甘えて目を瞑るとホッとしたのか直ぐに眠りに落ちた。




「谷野さん、谷野さん、着いたよ」


朝倉先生に呼ばれて目を覚まし、車から降りるとそこは、病院でもなく助産院でもない、昭和の感じのする普通の一軒家の庭先だった。


朝倉先生がインターフォンを押すと「はーい」という声が聞こえ、玄関の引き戸が開く。

笑顔で出迎えてくれた御年配の女性に「どうぞ」と家の中に招き入れられ、玄関わきの6畳に通される。そこには布団が敷かれタオルが積まれていた。

「その布団に横になって休んでいてね。直ぐに来るから」

と、声を掛けられた。そして、朝倉先生と美優は、どこか別の部屋に案内されたようだ。


6畳の部屋の布団に横になっていると、襖が開き先程の御年配の女性が入ってきた。


「こんにちは。滝沢です。胸が張って熱が高いんですって? おっぱいから普段と違う膿みたいなにか出たかしら?」


「はい、練乳の腐ったみたいなのが出ました」


「あら、おっぱいが詰まっちゃったのね。乳腺炎ね。痛かったでしょう?」


「乳腺炎……」

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