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 これはきっと、逃れられない私の宿命だったのだろう──。



 あれはいつだったか……。記憶にあるのは、確か小学3年生の頃だったような気がする。

 たまたま同じクラスの子と着ていた服が被っていたことで、”真似っこ”だとイジメられた。どちらが先に着ていたかさえもわからないのに……。

 そもそも、親が勝手に買ってきた服で私の意志ですらない。


 イジメとはいつだって原因は些細なもので、そうしたどうでもいいような内容のものから始まるのだ。好きな人が同じだとか、1人だけ意見が違うからとか、本当にくだらないもの。



(私が何をしたっていうのよ……っ)



 それが大人になった今でもあるのだから、本当に頭にくる。

 弱肉強食とは動物界だけではなく人間界でも同じで、小学3年生だったあの日あの時、私は弱肉強食の世界で弱者に位置づけられた。きっと、それが生まれた時からの運命だったのだろう。


 一度でも弱者になった者はそこから這い上がることはとても難しく、私はあれから今に至るまでずっと弱者側に立たされ続けている。

 今となっては、少しのイヤミを言われたぐらいでは全く動じることもない。そんなスキルを身に付けてしまう程に、私にとってそれが当たり前の日常だったのだ。


 それよりも何よりも私が許せなかったのは、イジメをした当の本人はその自覚がないか、あるいはその事実を記憶にすら残さないということだ。



「……ほんと、ムカツク」



 肉の塊にダンッと勢いよく包丁を振り下ろすと、憎々しい目付きで右手を前後に動かし肉をさばいてゆく。


 中学生の頃、私は壮絶なイジメに合っていた。といっても、肉体的なものではなく”集団シカト”という精神的なものだった為、周りに相談してもあまり親身になってくれる人はいなかった。

 それは先生達だけではなく、両親までもが同じだった。


 学校に行きたくないあまりに体調を崩して腹痛を訴えると、仮病などするなと何故か私が責められる。

 骨折でもすれば良かったのだろうか? 目に見えない心の傷とは、他人には理解されにくい。


 その傷は10年経った今でも癒えぬまま、きっと一生忘れることはない。むしろ、あの出来事さえなければ私がここまで弱者に堕ちることもなかっただろう。

 それ程に、当時の私にとっては辛く過酷な日々で、後々の人生にもトラウマとして付きまとい続けたのだ。なのに──。


 久しぶりに街で偶然出会った飯田恵梨香は、私の存在に気付くと屈託のない笑顔を見せて話しかけてきた。



『あれ〜? まどかじゃない? やだ〜、全然変わってないね〜』



 頭のてっぺんから爪先まで舐めるように視線を這わせると、口元に手を当ててプッと声を漏らした恵梨香。

 中学時代、私を不登校に追い詰めた張本人である彼女は、まるでそんな過去など一切なかったかのように微笑みながらも、人を見下すような態度は相変わらず変わってはいなかった。


 その姿を前に、私の中で何かがプツリと音を立てて切れてゆく気がした。

 今にして思えば、あれは恵梨香への殺意が沸点を超えた瞬間だったのかもしれない。


 私が弱者としてこの世に生きてゆくのが宿命だとするなら、その弱者に反旗をひるがえされて喰われるのもまた、恵梨香の宿命だったのだ。


 

「この……、クソ女」



 中々思うように切れない包丁を浴槽に投げ捨てると、一度休憩しようと血に染まった両手をゴシゴシと洗い流す。

 私はゆっくりと身体を起こすと、そこに映った鏡越しの自分の姿を見つめた。


 全身に恵梨香の返り血を浴びながら、口元に薄っすらと笑みを浮かべるその姿は、昨日までの弱者だった自分とは全くの別人のように見える。

 弱肉強食の世界で、やっと私は自力で這い上がることができたのだ。


 後悔なんて一切していない。



 ──今日から私は、殺人犯。






─完─

短な恐怖〜短編集〜

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