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フットサル場に二人揃って現れた俺たちを見て、メンバーは一様に目を丸くしていた。ともやは嬉しそうにニッコリ笑い、りゅうせいは何かを悟ったような顔でニヤついている。
しゅうとの顔は、もはや言葉では形容し難いほど複雑だった。あいつは察したのだろう。今日、俺とキスをしたかったいつきが、しゅうとを巻くために「バイトがある」と嘘をついていたこと、そして今、俺と一緒にここにいることの重大さを。
「ゆうたもいたんだ?」
「ちっす!」
場を和ませるように俺が声をかけると、ゆうたの連れてきた先輩たち――だいちゃんとせっちゃんが帽子を取って会釈した。優しげな雰囲気の年上お兄さんたちだ。
「こっちはいっちゃん」
りゅうせいが俺を紹介すると、せっちゃんが「うぉ~、モテそう。めっちゃ顔タイプ」と真顔で言い放ち、俺は思わず背筋を凍らせた。……この人たち、仲良くはなれそうだけど、敵には回したくないタイプだ。
「ちょっと待って、いつきくん、めっちゃヘタじゃん!」
開始早々、いつきくんのプレーを見て腹がちぎれるほど笑う。
「やっぱり元凶はいつきくんなんです! いつきくんが見ているから! 今ここでいつきくんと別れて、すぐに帰ってください!」
「なんで帰るんだよ! てか、しゅうと、ややこしいから俺のことは『いっちゃん』でいいよ」
「……自分のこと『ちゃん付け』で呼ばれて、恥ずかしくないんですか?」
顔を真っ赤にしてキャンキャン吠えるしゅうと。……いや、こいつ、もはや怒っているというより、ただの甘えん坊のチワワだな。
「……俺ら、もう付き合ってないから。心配しなくていいよ。お前のいつきくんは取らないから」
「……なんですか、それ」
またその顔だ。そんな風に見つめられると、どう返せばいいか分からなくなる。
「友達に戻ったんだよ。まぁ、小学校の頃は友達だったはずなんだけどな」
「……いつきくんは、それでええって言うてるんですか?」
しゅうとは複雑な表情で、俺の顔をじっと見つめている。こいつなりに、俺と「いつき」の間に何があったのかを探ろうとしてるんだろうな。
「……いつきくんのこと泣かせたら、許しませんから。いつきくんは俺のこと救ってくれた、大切な人なんで」
うわあ……。
ついさっき、カーテンの裏で泣かせちゃったよ。これ、バレたら本当にこいつに殺されるかもしれない。
「しゅうと、いっちゃん交代!! いつきくん、もう関節が動かないらしい!」
ケラケラと笑うともやに抱えられ、いつきがベンチへと運ばれてくる。
まだ試合が始まって十分も経っていない。本当に、こいつはどこまでポンコツなんだ。
「しょうがないなぁ。俺がおらんと、このチーム機能せえへんから」
立ち上がって軽くジャンプし、コートへ駆けていくしゅうとの背中を見守る。
背中だけで分かる。お前、絶対に上手い奴の動きをしてんな。
「……ダメだ。いっちゃんがいるから、嬉しくてはしゃぎすぎた」
「なんだよ、それ」
ふふ、と笑ってベンチに倒れ込んでいるいつきの顔を覗き込む。「足が動かない」なんて言いながら、どうしてそんなに嬉しそうなんだ。
「……いっちゃんがいるなぁって、思って」
「ゆっくり言っても、同じなんだけど」
わけが分からないと笑うと、いつきもずっと笑っていた。
「……本当ダメだ。足、マッサージしてよ」
「なんだよ、俺、マッサージ要員かよ」
ん、と放り出された足を見つめる。関節が動かないと言っている奴の、一体どこを揉めばいいんだ。
「……あ、やっぱり」
「ん?」
「もう一回、ちゅうしてくれたら、元気出るかも」
ふふふ、と笑って俺を見つめてくるから、「阿呆か」と膝をはたいてやった。
「……ねぇ、もう一回、ちゅう、ってなに?」
「あ、いや……」
顔を上げると、そこには引きつった笑顔のともやが立っていた。やばい。どう弁解するのが正解だ?
「……言っていいの?」
「ダメに決まってんだろ!」
「え、なに? 二人、ちゅうして仲直りしたの?」
まずい。ともやの顔が蒼白だ。絶対、BL反対派の顔をしてる。
「……ラッキースケベがあったんだよ。さっき」
「ラッキースケベ?」
「……すれ違う時にさ、ドンッ、うわぁ、うわぁ……って、偶然、ちゅっ、て」
大げさなジェスチャーを交えながら、いつきが笑顔で誤魔化す。……流石にそれは、苦しすぎるだろ!
「そうなんだ? でもそれって、ラッキーだったの?」
「なわけねぇだろ」
食い気味に突っ込むと、ともやも「そうだよね」といつもの笑顔に戻った。セーフ。
「……ともやは相変わらず、阿呆で可愛いね」
「え、それ褒められてるの?」
なぜか嬉しそうなともやに背中を押され、俺はコートへ送り出された。やばい、何の心の準備もできていない。
「やべぇ、足無理! 膝震えてるわ! ともや、交代して!」
結局、俺も十分でへこたれた。中学の時より身長が伸びたせいか、手足の使い方がしっくりこない。
「……でしょ。足、マッサージしてあげようか?」
ベンチであぐらをかいて、自分の足を揉んでいたいつきの隣に項垂れる。
「……悔しいけど、してほしい」
もう動く気もしない。ベンチに背中を預け、足を投げ出す。
「……はぁい」
お腹の上にタオルをポンと置かれ、慣れた手つきで腿をさすられる。
こいつ、手つきが妙にこなれている。いつも誰かにやってあげているのか。それとも、誰かにやってもらっているのか。
夕闇のフットサル場に、ボールを蹴る鈍い音と、メンバーの怒鳴り声が響いている。
そんな喧騒の中で、俺はタオル越しに伝わるいつきの体温に、さっきの「さよならのキス」を思い出さずにはいられなかった。
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