テラーノベル
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シアター本部の廊下を歩くたび、ユズリハの指先はかすかに震えていた。足音がやけに大きく響く。視界の端に映る白い壁も、整然と並ぶ扉も、どこか冷たい。
――ここは、人を連れていった場所だ。
喉がひゅっと鳴り、胸の奥に古い痛みが顔を出しかける。思い出したくない記憶が扉の隙間から覗く。ユズリハは慌てて首を振り、胸元を握りしめた。
(泣くな、今じゃない。仲間のために来たんだろ)
案内役の隊員に促され、足を止める。目の前には黒々とした重厚な扉。プレートには〈総監視官室〉と刻まれていた。
ユズリハは小さく息を吸い、回数を数えるように慎重にノックする。返事を待ち、扉に手を掛けた。
中へ入ると、空気が一段と張り詰める――はずだった。
中央の椅子に座っていたのは、テレビで何度も見た顔。シアターのトップ、西園寺ミコト。冷徹で、何を考えているか一切読ませない人物。世間の印象はそうだ。
だが、その本人は書類の山の向こうであっさりとため息をついた。
「ユズリハくんだね。ハナビから聞いたよ。座って」
案内役は静かにドアを閉め、部屋を辞した。鍵がかかった音がやけに大きく響く。二人きりになった瞬間、ユズリハの背筋が固まった。
(……なに言われるんだろう。逆らったら……殺される?)
そんな不吉な想像で心臓が跳ねたとき、ミコトがぽつりと言った。
「はーーーっ……疲れた……」
その肩の脱力ぶりに、ユズリハは思わず瞬きをする。
「ユズリハくんも肩の力抜きなよ。だれも見てないし」
「え……えぇ……」
テレビで見る“仮面”とのギャップが大きすぎる。ユズリハは戸惑いながらも腰を下ろした。
「君すごいね。普通、シアターに連れてかれた人を連れ戻すなんて、思ってても行動できないよ」
「ほめて……ますか?」
「ほめてるほめてる」
軽い調子。冗談めいた笑み。威圧感はまるでない。逆に恐ろしい。
「そんな怖い組織のトップがこんなので驚いてる?」
「ま……まぁ……」
「そりゃね、皆の前じゃ“トップらしく”してるけどさ。ずっとあのキャラでいたら冷徹でクールな人だと思われちゃって……もう戻れないんだよね~」
「大変ですね……」
思わず本音が漏れてしまう。
ミコトは指先で机を軽く叩き、本題を切り出した。
「で、本題。ツクヨミさんを解放してほしいんだっけ?」
「……! はい」
「それは申し訳ないけど、本人次第なんだよね」
「というと……?」
「表向きは“リンクスによる殺人事件の共犯”ってことで呼んだけど……気づいてるでしょ?彼ならその程度、簡単に吐く。わざわざシアターに連れてくる理由にはならない」
「じゃあ、なんで……」
「彼は神の義務である“能力の明記”に同意してくれない」
静かな声が落ちる。
「シアターはリンクを管理するところ。つまり、神を管理するところ。神は持っているリンクをすべて明記する義務がある。……けど、ツクヨミさんはそれを拒んでる」
「だから今回で……吐かせる、ってことですか」
喉が渇き、声がかすれる。
「いいかい、ユズリハくん。もし彼が“世界をひっくり返せるリンク”を持っていたら? 大量殺人が可能なリンクだったら? 国民の安全のために――仕方ないことなんだ。僕も心が痛むよ」
冷静な論理。柔らかな声。だけど、その言葉の重みは鋭い。
「そんな……」
「――なーんてね」
「……え?」
ミコトがいたずらっぽく笑う。
「そんな強引なことはしてない。もう解放するつもり」
ユズリハは力が抜け、胸を撫で下ろした。
「よかった……」
「ただし、条件があります」
空気が再び静まり返る。
「な……なんですか……?」
「月光のメンバーに、シアターの隊員を派遣します」
「……え……」
「今後はその隊員に監視をしてもらう。それでいいよね?」
「……はい!」
選択肢はなかった。だが解放されるのなら、それでいい。ユズリハは立ち上がり、深く頭を下げる。
「人間爆弾…どう利用しようか」
扉が閉まり、音が途切れた。
ユズリハはその言葉の意味を知らないまま、案内に従って歩き出した。
土曜日の夕方。
月光の店内は、いつも以上に騒がしかった。
色とりどりの料理が並び、簡易的な飾りが天井から下がっている。どこか手作り感のある、いかにも月光らしいパーティーだ。
「……一日いなかっただけで、こんなパーティーになるんですか……」
ユズリハは呆然としながら、テーブルを見渡した。
「これが月光だよ、ユズリハくん」
サグメは楽しそうに笑う。
「ええ……」
「それとね、新人くんのようこそ会も兼ねてるんだ」
「あ、そっか! たしかシアターから来るんでしたよね」
ユズリハの表情が少し明るくなる。
「楽しみだなぁ……仲良くなれるかなぁ……」
「ユズリハも、もう後輩ができるのか」
ミケが感慨深そうに言う。
「考え深いですね」
ヒカリも静かに頷いた。
そのとき――
コン、コン、と控えめなノック音が響く。
「噂をすれば、だね」
サグメの声に、ユズリハは「はい!」と元気よく返事をして扉に手をかけた。
――次の瞬間。
バン!!
「ぐえっ!?」
勢いよく開いたドアが、ユズリハの顔面を真正面から殴打した。
「ようこそ月光へ! 歓迎するよ」
サグメの明るい声とは裏腹に、床にはうずくまるユズリハ。
現れたのは、水色の長い髪を一つに束ね、右目に眼帯をした少年だった。
真紅の左目が鋭く光り、年はユズリハと同じくらいに見える。
「……ッチ」
開口一番、舌打ち。
少年は何事もなかったかのように店内へ入り、カウンター席にどさりと腰を下ろす。
そして、顔を押さえて悶えるユズリハを一瞥した。
「……雑魚が」
沈黙
「いや君がやったんだけど!?!?!?」
「うっせーな」
即答だった。
「ねえねえ、みんなに自己紹介してよ♪ せっかく全員揃ってるんだし♪」
サグメに促され、店内の視線が一斉に少年へ向く。
少年は面倒そうに息を吐き、短く名乗った。
「シアター戦闘班、雪ノ下サエだ。ツクヨミの監視でここに来た。嫌いなものは雑魚。以上」
「サエくんか! よろしくね、僕はユ――」
名乗り終える前に、サエは立ち上がり、さっさとツクヨミのいる方へ歩いていってしまった。
「はじめましてサエくん。月光の店長、ツクヨミです。これからよろしくね」
「俺はお前の監視に来ただけだ。馴れ合う気はない」
取り残されたユズリハは、ぽつりと呟く。
「……嫌われてる……? なにかしたっけ僕……」
「ユズリハ」
背後からモミジが淡々と言った。
「雑魚、だから」
「モミジさん!?」
即死級の追い打ちだった。
笑い声とざわめきが広がる店内。
ツクヨミは相変わらず飄々としていて、サエは無愛想に壁にもたれている。
こうして、
ツクヨミおかえりパーティー兼・サエくん歓迎会は、
いつも通り“普通じゃない”空気の中で続いていくのだった。
その瞬間。
ドアが再び勢いよく開いた。
「助けてください!! 外で暴走魔具が……!」
血相を変えた女性の声に、店内の空気が一変する。
「月光、全員出動」
ツクヨミの一声で、全員が一斉に動いた。
店の外に出ると、そこには不気味な光を放つハサミの魔道具が宙に浮いていた。
「人間め……よくも俺を雑に扱ったな……! 殺してやるーー!!」
自我を持つタイプの暴走魔具。ランクはB程度だが、油断すれば被害が出る。
「はーい、そこまで~」
「近くの方は物陰に避難してください!」
ユズリハが声を張り上げる。
「ちっ……民間のリンクスか…………って、なんか人数多くね?」
そう、今日はパーティー中だったため、月光のメンバーは全員集合していた。
サグメ「悪いけど、5対1だよ♪」
サエ「雑魚が」
モミジ「めんどくさいことしないでよ」
ミケ「とっとと終わらせてパーティーの続きしよーぜ」
アビス「ぶちかましますわ~!」
ツクヨミ「みんな、GO」
「「「了解」」」
一斉に動く月光。
「え……ちょ……ま……うわぁぁぁぁぁあ!!!」
魔具の悲鳴が響いたのは、ほんの数秒後だった。
――こうして暴走魔具は無事鎮圧され、
何事もなかったかのように、月光のパーティーは再開されたのであった。
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