コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
自分の車で、ナオと約束していた遊園地に到着した。この沢山の人の中にナオがいると思うと、立ち居振る舞いまでちょっとばかしカッコつけてしまう。そして、そんなワクワクしている自分のことが、なんだかおかしい。
スマホを取り出し、約束の場所にきたことをナオに告げる。今日のために、事前にLINEを登録しておいたのだ。
《私も到着しました》
〈じゃ、入ろうか?〉
《はい、よろしくお願いします》
チケットを買い、ゲートをくぐる。ナオとLINEで会話をしながら、アトラクションを楽しむことにする。途中で飲み物を買ったり木陰で休んだり、ランチも食べた。それはすべて各々で実行しているから、周りから見れば1人の男が遊園地で遊んでいるようにしか見えないだろう。でも当の僕は、まるで隣にナオがいるような気がしてきてずっとドキドキしていた。まるで中学生の頃の初めてのデートのようだった。
レストランを出て、花火を見るために観覧車のチケットを買った。観覧車も1人ずつ乗るから係員に訝しがられたけれど。
1人のようで1人じゃない遊園地は、これまでに感じたことがない楽しさがあった。
〈じゃあ、これで〉
《うん、楽しかった。時間を作ってくれてありがとう》
〈こちらこそ。まるでほんとに隣にいるみたいで楽しかったよ〉
《じゃあ、さようなら》
〈お元気で〉
架空のデートを終えたナオと別れ、僕は家に帰った。今日一日のナオとのやりとりを思い出していると、不思議と鼻歌まで出てしまう。
___楽しかったな
それはきっと、オシャレをしてちょっとカッコつけて普段の自分とは違う自分になれたからかもしれない。少なくとも今日一日は、真澄の浮気のことなどすっかり忘れていた。
ストレス解消の方法として、これは間違っていなかったということだ。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい」
真澄は、パタパタとスリッパの音をさせて、玄関まで迎えにきてくれた。まるで結婚したばかりの頃のような、気恥ずかしさがよみがえる。
「あのね、ちょっと準備してみたんだ、コレ」
テーブルには、ケーキとチキンとシャンパンやサラダがあった。
「なんだかクリスマスみたいだね」
「やっぱり?でも笑わないでよ、これでも一生懸命やったんだから。結婚記念日のお料理なんて思い浮かばなくて」
「ありがとう、でも、食べてきちゃったよ。どうしよう?」
「え?」
その時の真澄は、ひどく悲しそうな顔に見えた。
「そうだな、じゃあ真澄のおススメだけでも食べようかな?」
「ホント?じゃあ、コレかな?」
それはサーモンのマリネだった。僕は大好きなんどけど、真澄はサーモンが苦手らしくて、これまでこの料理がテーブルに上がることはなかったんだけど。
「いただきます」
「召し上がれ」
軽く料理を食べて、僕はお風呂に入った。スマホはわざと、テーブルに置いておく。この後の真澄の行動を確かめたかったからだ。もちろんスマホの中身は見られてもいいように、LINEのやり取りは削除してあるし、ナオと繋がっているSNSのアプリも隠してある。ロックもしてあるから、覗くことはできないだろうけど。
お風呂に入ったふりをして、ドアの影から真澄を見た。真澄は僕が風呂に入ったと思ったらしく、僕のスマホを手にしている。何度かロックを外そうとしたみたいだけど、うまくいかないようだ。
「あれ?」
スマホのポケットから、何かを取り出して見ている。
「……?」
今日の遊園地のチケットの半券だ。僕がわざとそこに入れておいたヤツだ。そこまでの真澄の行動を確認すると、急いでお風呂に入って何食わぬ顔でリビングに戻った。
「ちょっと長湯しちゃったよ。真澄も入ってきたら?」
「……」
「真澄?」
「ねぇ、今日の仕事ってここに行ったの?誰と行ったの?」
半券をテーブルに置いて、強い口調で訊いてきた。
「あー、そうだよ、そこに行ってきた。誰と?1人だよ」
「嘘!そんなとこに1人で行くなんて信じられない!」
「そんなこと言われても、本当だから仕方ない」
「確かめてもいい?たとえば遊園地の防犯カメラとか見て」
「どうぞ、ご自由に。でも、そんなふうに疑われるなんて、ちょっとうれしいね」
「どういうことよ?」
「今の真澄はさ、僕のことだけを見てくれてるよね?僕の行動を確認したくてたまらないんでしょ?」
「そ、そりゃあ、夫がもしかしたら浮気してるかもしれないと思ったら、気になるわよ」
「だよね?だから、うれしいよ」
訳がわからないという表情の真澄。
「と、とにかく、取材に行くのにどうしてあんなにオシャレをして行ったの?」
「遊園地だよ、みんな楽しみに来てるんだよ。いつものボサボサのヨレヨレじゃあ、みんながひいちゃうよ」
「取材の道具も持たずに?」
「スマホだけあれば十分だよ、今日みたいな取材はね」
もしかしたら浮気をしてるのかも?という疑いを真澄に残しておくような返事をする。どこか中途半端な答えにして、『もしかしたらホントは浮気してるんじゃないの?』という感情を真澄に持たせておく。