テラーノベル
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湿り気を帯びた六月の風が、開け放たれた窓から教室に入り込む。 高校二年の午後。
izwは頬杖をつきながら、ひび割れたグラウンドの隅で揺れる雑草をぼんやりと眺めていた。
mob「おい、聞いたか? 次の授業から転校生が来るらしいぞ」
mob「マジ? どんな奴かな。この時期の転校って珍しくない?」
周囲の喧騒が遠く感じる。
izwにとって、学校という場所は「既知」の集積所に過ぎなかった。
教科書を開けば答えはそこにあり、周囲の反応は予測の範囲内。
新しい人間が一人増えたところで、自分の論理的な日常が揺らぐとは到底思えなかった。
izw(転校生、ね……。どうせ、どこにでもいるような奴だろ)
彼は小さく欠伸を噛み殺し、机に視線を落とした。
彼の人生は、この時まで整然とした「知識」で構築されていた。
未知の変数など必要ない。
波風の立たない、静かで知的な日常。それが自分にとっての最適解のはずだった。
やがて、予鈴が鳴り、担任が教室に入ってくる。 クラスのボルテージが微かに上がるのを感じながらも、izwは依然として窓の外を眺めていた。
teacher「よし、静かに。……今日からこのクラスに加わる転校生を紹介する。入ってこい」
担任の声。
そして、廊下から一歩、教室内へ足を踏み入れる足音。
izwは興味なさげに、けれど儀礼的に、ゆっくりと首を教室の正面へと向けた。
その瞬間、izwの網膜に、鮮烈な「異物」が焼き付いた。
教壇の横に立つ、一人の少年。 端正な顔立ちに、どこか挑戦的な……それでいて、すべてを見透かすような知性を湛えた瞳。 その少年は、緊張した様子も見せず、クラス全体をゆっくりと見渡すと、ふっと不敵な、けれど吸い込まれるような笑みを浮かべた。
trsk「……trskです。よろしく。面白いやつがいればいいんだけど」
低く、よく通る声が教室の空気を震わせる。 その声を聞いた瞬間、izwの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
窓の外の退屈な景色は一瞬で消え去り、izwの世界は、教壇に立つその少年にだけピントが合う。
予測不能。解析不能。
これまでizwが培ってきたどんな知識のデータベースにも存在しない、圧倒的な「個」との遭遇。
izw(……なんだ、あいつ。……なんだよ、あの目は)
izwは、固まったまま彼を見つめることしかできなかった。
自分の論理が、これほどまでにあっけなく、たった一人の存在に粉砕されるなんて。
窓の外を眺めていた「どうでもいい」日常は、今、音を立てて崩れ去った。
これが、izwの人生を根底から狂わせ、そして鮮やかに変えていく「運命」の始まりだということを、彼はまだ、認められずにいる。
一方、教壇で挨拶を終えたtrskの視線が、一瞬だけizwと重なった。 trskは、izwの射抜かれたような表情を見て、その口角をさらに深く持ち上げた。
担任の適当な指示で、trskはizwの隣の席に座ることになった。
izwは、自分の右側から漂ってくる、聞き慣れない香水の微かな香りにひどく動揺していた。
さっきまで眺めていた窓の外の景色なんて、もう記憶の隅にも残っていない。
trsk「……よろしく。izwさん、だっけ」
trskが椅子を引く。
返事をしようとしたizwの喉は、理由のわからない緊張で引き攣っていた。
授業が始まっても、izwは教科書の内容が全く頭に入ってこなかった。
手持ち無沙汰に、ノートの端へ最近解けなかった難解な論理パズルの数式を書き殴る。それは、彼にとっての唯一の暇つぶしだった。
その時、不意に隣から長い指が伸びてきた。 trskの指先が、izwの書いた数式の上をすっとなぞる。
trsk「……その解き方、美しくないね」
耳元で囁かれた低音。
izwは弾かれたように隣を見た。
trskは授業など聞いていない様子で、頬杖をつきながらizwを真っ直ぐに見つめていた。その瞳には、隠しきれない優越感と、残酷なまでの知性が宿っている。
izw「……何?」
trsk「Q.E.D.までの工程が無駄だらけだ。君、頭がいいつもりで、本当は『正解』の出し方を知らないんじゃない?」
trskはizwの手からシャーペンを奪い取ると、数式の横に、鮮やかで最短の解法を書き加えた。
izwが数日間悩んでいた問いの答えが、ほんの数秒で完結させられる。
屈辱だった。
同時に、雷に打たれたような衝撃がizwを貫いた。 自分の聖域を、土足で、しかも圧倒的な正しさで踏みにじられた快感。
izw「……っ、お前……」
trsk「もっと面白い解法、知りたい? ……放課後、図書室の奥に来なよ。izwさん」
trskはそう言って、悪魔のような微笑みを浮かべた。
放課後。夕闇が迫る図書室の、人目に付かない閉架書庫の奥。 izwは、吸い寄せられるようにそこへ向かった。
trsk「……来たんだね」
本棚の影から現れたtrskは、制服の第一ボタンを外し、少しだけ着崩していた。
昼間の教室で見せた隙のない姿とは違う、どこか毒を含んだ空気に、izwは思わず一歩後退する。 けれど、trskはそれを許さなかった。 izwの背中が本棚に当たるまで詰め寄ると、両腕を本棚について、彼を完全に閉じ込める。
trsk「君、ずっと窓の外を見てたでしょ。……死ぬほど退屈そうな顔してさ」
izw「……お前に、何がわかる」
trsk「わかるよ。君は自分と同じレベルの人間に出会ったことがない。だから、この世界が既知のゴミ溜めに見えてる」
trskの顔が、鼻先が触れるほど近くまで寄ってくる。
trsk「でもね、izw。知識の海はもっと深くて、熱いんだよ。……教科書には載っていない『教え』、僕が君に叩き込んであげようか?」
trskの細い指が、izwのネクタイに触れ、ゆっくりと解き始める。
izw「……っ、待て、……何を……」
trsk「授業だよ。君のその冷え切った脳みそを、僕の名前で埋め尽くしてあげる」
trskの唇が、izwの耳元をなぞる。
izwは、抗う術を知らなかった。
論理も公式も通じない、trskという名の劇薬が自分の血管を駆け巡り、静かだった人生をドロドロに書き換えていく。
izwの震える手が、trskの背中のシャツを掴んだ。 窓の外を眺めていた冷めた自分は、もう、どこにもいなかった。
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