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「九州出張?」
同僚にそう聞かれ、仁人はパソコンから顔を上げた。
💛「うん。取引先との打ち合わせがあって」
「最近多いな、」
💛「先方が、デザイン気になってるらしくて」
「チャンスだな」
💛「…まあ、そうだね」
何気ない会話だった。
けれど、その言葉を聞いた瞬間、俺の頭にはあの町の景色が浮かんでいた。
駅前の小さな喫茶店。
夕暮れの海。
そして、勇斗。
💛「……行くことになるのかな」
小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。
出張当日。
打ち合わせを終えた俺は、駅のホームで電車を待っていた。
予定よりも早く仕事が終わった。
このままホテルに戻るのも、少しもったいない。
スマートフォンを取り出す。
勇斗とのトーク画面。
最後のやり取りは、数日前のものだった。
『また、こっちに来ることがあったら連絡して』
その言葉を思い出す。
仁人は少し迷ってから、文字を打った。
💛『今日、そっちに来てるんだけど』
送信。
すぐに既読がついた。
心臓が跳ねる。
しばらくして、返信が届いた。
🩷『え、そうなの?』
🩷『今どこ?』
💛『駅』
🩷『ちょっと待ってて』
画面を見つめた。
たった数文字のやり取りなのに、どうしてこんなに嬉しいのだろう。
電車の到着を知らせるアナウンスが流れる。
ホームの端に移動し、鞄を持ち直した。
そのときだった。
🩷「仁人!」
聞き覚えのある声。
振り返ると、少し息を切らした勇斗が立っていた。
💛「……勇斗?」
🩷「お待たせ」
💛「…いや、早くない?」
🩷「走ってきた」
勇斗は笑った。
その笑顔を見た瞬間、俺の胸がぎゅっと締めつけられた。
高校時代と変わらない。
誰にでも優しくて、少し不思議で、何を考えているか分からない。
でも、自分に向けられる笑顔だけは、昔から少し特別に感じてしまう。
💛「仕事は?」
🩷「もう終わった」
💛「そっか」
短い沈黙。
そのあと、勇斗が言った。
🩷「……秘密の所行かない?」
俺は目を瞬かせた。
💛「え?」
🩷「久しぶりにさ」
その誘いに、俺は笑った。
🩷「行く」
まるで、八年前の続きみたいだった。
車の中。
窓の外には、見慣れた田舎道が流れていく。
勇斗が運転席。
仁人は助手席。
🩷「なんか懐かしいね」
勇斗言った。
💛「そう?」
🩷「うん。高校のときも、こうやってチャリで海まで行ったじゃん」
💛「……あったね」
勇斗は前を見たまま、少し笑った。
💛「だって、知らない道だったし」
🩷「…俺がいるのに?」
その言葉に、思わず勇斗を見た。
勇斗は何でもない顔をしていた。
でも、俺はその一言を何度も心の中で繰り返した。
_______俺がいるのに。
昔、勇斗はよくそういうことを言った。
迷ったら俺に聞けばいい。
こっちに来ればいい。
俺が連れていくから。
あの頃は、その言葉が当たり前のように嬉しかった。
今は、少しだけ苦しい。
💛「……うん。勇斗がいたから、安心してた」
勇斗は、ほんの少しだけ視線を動かした。
🩷「そっか」
それ以上、何も言わなかった。
でも、口元は少しだけ緩んでいた。
丘着くと、夕日が水平線の向こうへ沈みかけていた。
二人は並んで歩いた。
波の音が、静かに耳に届く。
💛「ここ、全然変わってないね」
仁人が言う。
🩷「うん。俺もたまに来る」
💛「一人で?」
🩷「そう」
仁人は、少しだけ勇斗を見た。
💛「……俺のこと、思い出したりした?」
冗談っぽく聞いたつもりだった。
でも、勇斗は笑わなかった。
🩷「したよ」
仁人は足を止めた。
💛「……そっか」
勇斗も立ち止まる。
海風が二人の間を吹き抜けた。
🩷「仁人は?」
💛「え?」
🩷「俺のこと、思い出した?」
仁人は、すぐに答えられなかった。
思い出さない日はなかった。
何か嬉しいことがあったとき。
悲しいことがあったとき。
夕焼けがきれいだったとき。
何でもない帰り道。
ふとした瞬間に、勇斗の顔が浮かんだ。
でも、そんなことを全部伝えてしまったら。
今度こそ、戻れなくなる気がした。
💛「……たまにね」
嘘だった。
勇斗は小さく笑った。
🩷「そっか」
それから、二人はまた歩き出した。
少し先に、昔二人で座った岩場が見えた。
仁人が先に腰を下ろす。
💛「ここ、覚えてる?」
🩷「覚えてるよ」
💛「俺、ここで勇斗に気づかれたんだよね」
🩷「うん。お父さんの転勤のこと?」
仁人は頷いた。
💛「……あのとき、俺、本当に嫌だった」
勇斗は隣に座った。
🩷「うん」
💛「この町に来たばっかりで、やっと友達もできて。勇斗とも仲良くなれて。毎日が楽しかったから」
仁人は海を見つめた。
💛「だから、また引っ越すって聞いたとき、全部なくなる気がした」
勇斗は何も言わなかった。
💛「……でも、勇斗は何も言わなかったじゃん」
その言葉に、勇斗の表情が変わる。
💛「行かないでって、言ってほしかった」
仁人は、笑おうとした。
💛「今さらだけどね」
勇斗は俯いた。
🩷「……ごめん」
💛「謝らなくていいよ」
🩷「いや、俺が言えなかったから」
仁人は、勇斗を見た。
勇斗は、波打ち際を見つめたまま続けた。
🩷「本当は、行かないでって言いたかった」
仁人の胸が、強く鳴った。
🩷「でも、言えなかった。仁人の未来を邪魔したくなかったし、俺のわがままで困らせたくなかった」
💛「……うん」
🩷「それに、好きって言っても、仁人が同じ気持ちか分からなかった」
仁人は、何も言えなかった。
八年前、二人は同じことを考えていた。
相手を大切に思うほど、言葉にできなかった。
その結果、二人とも何も伝えられないまま、離れてしまった。
💛「……俺たち、ほんと不器用だったね」
仁人が笑う。
勇斗も、少しだけ笑った。
🩷「そうだね」
しばらく、二人は黙って海を眺めた。
やがて、勇斗が口を開いた。
🩷「仁人」
💛「ん?」
🩷「俺さ……」
言いかけて、止まる。
仁人は勇斗を見た。
💛「なに?」
勇斗は、ゆっくり息を吸った。
🩷「今日、会えて嬉しかった」
仁人は目を細めた。
💛「……俺も」
🩷「本当に」
その声が、少しだけ震えていた。
仁人は、何も言わずに頷いた。
勇斗は、隣に座る仁人の横顔を見た。
八年前と同じように、夕日を受けた頬が赤く染まっている。
昔は、隣にいることが当たり前だった。
今は、隣にいるだけで、こんなにも心が揺れる。
勇斗は、思った。
ああ。
俺はやっぱり、この人の隣がいい。
その気持ちを認めた瞬間、胸の奥が痛くなった。
自分には、向き合わなければならない人がいる。
仁人にも、きっと帰る場所がある。
だから、今ここで何かを求めることはできない。
それでも。
🩷「……また、会いたい」
気づけば、言葉がこぼれていた。
仁人は、驚いたように勇斗を見た。
💛「え?」
勇斗は少し照れたように笑った。
🩷「また会おうよ。今度は、もっとゆっくり」
仁人は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
💛「……うん」
それだけ答えるのが精いっぱいだった。
帰り道。
車の中は、行きよりも静かだった。
ラジオから流れる音楽が、二人の間を埋めている。
仁人は窓の外を眺めていた。
勇斗の横顔を見たい。
でも、見たら何かを期待してしまいそうだった。
そのとき、信号が赤になった。
勇斗が車を止める。
🩷「仁人」
💛「ん?」
🩷「……昔さ」
勇斗は前を向いたまま言った。
🩷「俺たち、もし離れなかったら、どうなってたと思う?」
仁人は息を呑んだ。
少し考えてから、答えた。
💛「……どうだろうね」
🩷「付き合ってたかな」
その言葉に、仁人は勇斗を見た。
勇斗も、こちらを見ていた。
信号が青に変わる。
後ろから車が近づいてくる。
勇斗は前を向き、アクセルを踏んだ。
🩷「……ごめん。変なこと聞いた」
仁人は、窓の外に目を戻した。
💛「ううん」
少し間を置いてから、小さく呟く。
💛「…俺は、付き合いたかったよ」
勇斗の手が、ハンドルの上で止まりかけた。
けれど、車は走り続けた。
勇斗は何も言わなかった。
仁人も、それ以上は言わなかった。
ただ、二人の間に流れる沈黙は、さっきまでとは少し違っていた。
八年前に言えなかった言葉が、ようやく届いた。
でも、届いたからといって、すべてが始まるわけではない。
むしろ、ここから先が難しい。
仁人は、窓に映る自分の顔を見つめた。
勇斗の隣に座っている。
それだけで、幸せだったあの夏。
そして今。
その幸せを、もう一度望んでしまう自分がいる。
車は、夜の町を静かに走っていった。
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えろたろう
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#山中柔太朗
Freesia
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apricot
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コメント
3件
泣けます😭
まじで泣く
うわあ、仁人が素直に「付き合いたかったよ」って口にした瞬間、胸がつかえた。8年前に互いに飲み込んだ気持ちが、あの海辺と車の沈黙の中でじわじわと解けていく感じがたまらなく切なかった。勇斗の「また会いたい」も、震えるような誠実さで。距離が縮まったようで、まだ越えられないものがある余韻が美しいです。