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「……ちょっと、外出よっか。」
初兎の声は、いつもより静かだった。
Ifはうなずき、クラブの裏手――人気のないビルの屋上まで歩いた。
夜風が肌寒くて、もし隣に彼がいなければ、心まで冷えそうだった。
しばらく、二人は並んで夜景を眺めていた。
「……さっきの、全部見てたのか。」
「うん。」
「なんか言いたいことあるなら、言えば?」
「……あるけど。」
初兎は、腕を組んでため息をついた。
「……まろちゃん、あいつのことどう思ってる?」
「……りうらか?」
「まろちゃんのこと、“本気で惹かれてる”って言ってた。」
「……知ってる。」
「そっか……」
風が吹き抜ける。
それでも、初兎は一歩も視線を外さず、Ifだけを見ていた。
「正直、めっちゃ焦った。」
「お前が?」
「うん。……俺、たぶん今まで、誰かの“本命”になりたいって、本気で思ったことなかった。」
「……」
「でも今は、思ってる。」
Ifの胸が、わずかに揺れる。
「最初はさ、ただ“似てるな”って思っただけだった。
でも気づいたら、まろちゃんの表情ひとつで気持ち揺れるようになってた。」
「……」
「怖いんだよ。
りうらみたいなやつに、あんたが取られるの。」
「俺は物じゃない。」
「……わかってるよ。
でも、俺だって人間なんだ。独占欲ぐらい、ある。」
その言葉は、もし一歩踏み間違えれば重すぎたかもしれない。
でも今のIfには、不思議と心地よく響いた。
静かに、Ifは初兎の肩によりかかった。
「……じゃあ、もうちょっとだけ俺のこと、ちゃんと見張っとけよ。」
「え?」
「見てるだけで、放っておくな。
――気づいたら、俺の気持ちもどっか行くかもな。」
「……っ、それ、脅しか?」
「さあな。」
でも、ほんの少しだけ――
Ifの表情は、“あの夜”よりも柔らかかった。
そして初兎は、黙ってIfの肩に手を添えた。
言葉はもういらなかった。
この距離で、伝わる感情があるのなら――それで、十分だった。