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「おや。チヒロにマナ。二人の逢瀬を邪魔していいのかい?」
「真那と二人っきりの時間は家に帰ってから、ちゃんとある」
蒼波様が当たり前のように、軽く私の肩をぐっと抱いた。
すると白檀の香りがふわりと鼻腔を擽った。三日ぶりの香りがひどく懐かしい。
人前でこんなことは恥ずかしいのに、気持ちはどこか落ち着くようで、口元がまた緩んでしまう。
「本当に仲睦まじくて何よりだ。にしても、氷の大佐様は愛妻家だね」
「──その方が家庭は上手く行く。誤った例を見たら、同じ轍を踏みたいとは思わない」
「……だね」
お二人の会話が頭上で行われ、一瞬だけ蒼波様の声に冷たいものを感じた。
誤った例とはなんだろうと、ふと顔を見上げるとそこには月を背にして微笑む蒼波様がいるだけ。それでもその微笑みにどこか憂いを感じた。夜風が私の前髪を揺らす。
「あの、蒼波様。今のお話は……」
「今からちゃんと話す。腹が減っては戦はできぬ。まずは食事をしよう。しっかりと食べるのも軍の規律だからな」
「──はい」
さぁっとまた夜風が吹き抜けた。
こんな穏やかな夜ならば、どんな告白でも優しく包んでくれるだろうと思ったのだった。
※
私達はリストランテでお重に入ったお弁当箱と水筒を受け取り、夜の公園へと移動した。
お店の方達は嫌な顔を一つせず、また来て下さいと言ってくれた。しかも私の乱れた衣服などを|特別客室《ゲストルーム》で整えさせて貰った。
そんな優しい言葉や気持ちに後押しされて帝都を歩く。
それはとても穏やかな夜だった。
夜空には煌々と光る白い月が登り、視線を遠くにやれば、ガス灯の灯りが帝都の輪郭を浮き彫りにしている。藤吉君の家族もこのような風景を見て、帰路に着いたのならばいいと思った。
私の手を引くのは蒼波様。
横にはクリス様が居て、蒼波様が不在の三日間と先程の火事により出会った少年の出来事を、とても好意的にクリス様は蒼波様に語ってくれた。
きっとこんな良い夜だから、蒼波様が三日振りに帰ってきてくれたから。私のじゃじゃ馬っぷりを黙っておいてくれたのだろう。
道を歩く人と何度かすれ違い、往来の喧騒は夜風が耳元へと運んで来ては夜の空へと返す。
竜宮城の周囲を散歩すると、こんな感じなのかなと思った。
そうして公園に辿り着いた。さすが帝都の公園。夜でもガス灯が灯されており、芝生まで整備されていた。
コメント
1件
第30話、読ませていただきました。夜風に白檀の香り、月を背にした蒼波様の微笑み…あのシーン、すごく好きです。お二人の距離感がぎこちなさの中にも確かな信頼を感じさせて、見守るこちらまで温かい気持ちになりました。それに、クリス様が蒼波様に真那さんの“じゃじゃ馬っぷり”を黙ってくれているという場面、思わず笑みがこぼれました。穏やかな夜に包まれた、とても美しい一話でした🌙