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※このお話は、長編モノの途中になります。
※第一話の注意事項を熟読したうえ、内容に了承いただけた方のみ、先にお進みください。
※途中、気分が悪くなった方は、即座にブラウザバックなさることをオススメします。
わんくっしょん
数日後にもう少しまともな武器を納品する約束を取り付け、エーミールはゾムと別れた。
もう会えないかもしれない不安な別れではない、お互いが生き残るため、再会するための別れに、エーミールは心底安堵した。
ゾムとコンタクトが取れた。理由はどうあれ、会える約束もある。
「……ふふっ」
「ご機嫌やね、エミさん」
珍しく上機嫌に笑うエーミールに、ゆかりもまた嬉しそうにエーミールを出迎えた。
「おかえりなさい、エミさん」
「ただいま帰りました、ゆかりさん」
「えらい上機嫌やけど、ええことあったんですか?」
「ええ、まあ」
「せや、ゆかりさん。例の六弦君、コンタクト取れました」
「ほんまですかッ?!」
「いずれ招待したいと思いますんで、その時はよろしゅうお願いします」
「いや~。よかったわぁ。らんちゃんと同い年くらいやろ?会えるん楽しみやわぁ」
「ただ、グルッペンには内密に。彼に存在を知られるのは、まずい」
「わかりました。阿久さんには」
「大丈夫です。けど、六弦君の容姿には触れないよう、気ィ付けてください」
「はい」
「ところで、ゆかりさん」
「何でしょう?」
「ヒグマのカレーって、食べてみたいと思いませんか?」
🐻🍛
数日後の八雲家の夕飯は、熊カレーになりました。
🍛🐻<ェ
翌日の大学で、エーミールは工学科の『破壊王』に声をかけた。
資金は存分に提供する。携行可能な遠距離武器を作ってもらいたい。威力は大きければ大きい方がいい、と。
常識のネジがぶっ壊れている『破壊王』は、スポンサー付きで存分に好きな武器を作れるという話に、何の躊躇もなく飛びついてきた。
すぐに始めるという。
話も仕事も早くて、ありがたい。
さて、もう一人。
エーミールは、今度は薬学科に足を運んだ。
薬学科の『問題児』に、同じように毒物の合成について話を持ちかけてみた。
しかし、意外にもこの『問題児』は『破壊王』に比べ、常識を持ち合わせていた。エーミールの誘いに、若干の難色を示しながら話を続けた。
「仮にキミが、ボクが合成した毒物を何かしらに使ったとしよう。まあ、相手はおそらく死ぬやろね。即死毒でも遅効性の毒でも、お望みに合成はできる。と思う。何に使うかは聞くつもりもないし、聞きたくもない。だが、ボクの『作品』が、ボクの相知らぬ場所で、犯罪に使われるのは御免やね」
「……キミの言う通りや。悪かった。危うく犯罪に巻き込むとこやったな」
「勘違いしているかもしれんけど、ボクは犯罪者になることを恐れてるんとちゃう。まあイヤやけど。ボクの知らんとこで『結果』が出てまうのが、イヤなんや」
「つまり、作ったモノに対する経過と結果をちゃんと知りたい、と。思った以上に、ストイックな研究者やな。恐れ入ったよ」
エーミールは苦笑を浮かべ、肩をすくめた。 狐顔で尖った雰囲気の青年ではあったが、言っていることは極々常識的だ。
知識を得たり合成したりは好きだが、得た知見を駆使して企みごとをするタイプではなさそうだ。
『問題児』のそんな姿勢に、エーミールは親近感を持ちつつも、何となく羨ましいと思った。
「そんなわけで、毒物の合成はしない。だが、ボクらでも入手可能な…せやな、キミ、外国人留学生やったな。日本の植物相とか、わかるかい?」
「生憎と不勉強でね」
「ならボクが、日本で入手可能で、極々簡単に手に入る毒草や自然毒のこと教えたるよ。有料コンテンツやからね。しっかりした注釈も付けよう」
「むしろそっちの方が助かるな。よろしく頼むよ」
そう告げると、エーミールはメールアドレスだけ書かれた名刺と封筒を『問題児』に差し出した。
『問題児』が黙ってそれらを受け取ると、エーミールは席を立ちその場を去った。彼が去るのを見届けた『問題児』は、小さくガッツポーズを取った。
うっしゃあ!これでゲーセンで思う存分連コインできる!見てろよアイツら。あぶく銭のパワーでボコボコにしたるからな!
心の野望を煮えたぎらせて封筒を開けた『問題児』は、ーー鼻水を噴いた。
むぁじかッ?!これ、ゲーセン通うどころか、筐体買えちゃうやん?うせやろ?受け取っちゃったよ?どーすんの?言うた手前、今更返せんし……。マジでどーしよ……。しかもこれ、前金って言うてたな、あの外人さん…。
「どーしよ……」
とりあえず、額に見合うくらいの仕事はしよう。
意外に律儀で常識人な『問題児』は、早速図書館へと走っていった。
大掛かりな販路を持っている犯罪組織ならいざ知らず、エーミールのように日本に拠点を持たない小さな『商人』が日本に武器を持ち込むのは、かなり難しい。ゾムに渡した小型銃ですら、日本国内に密流通していたものを割高な価格で手に入れたモノだった。しかし、ゾムに60日も持久戦を強いる以上、安定した武器の供給は不可欠である。
そこでエーミールは、学内で問題視されている学生数名に目を付けた。
研究熱心なあまり、暴走してしまう若者は多い。その中には、才能溢れる優秀な人物がいるのものの、方向性ゆえに認められない変わり者もいる。
とりあえず、その『変わり者』二人にコンタクトを取り、協力を得ることができたのは幸いだった。
大きな組織相手に足元を見られるよりは、学生には破格程度の札束で叩いた方が、料金も供給も安定するだろう。
正直、殺傷力は求めていない。それゆえ、学生の工作程度でも充分なのだ。
とにかく、数が欲しい。だが、学生の工作程度の武器でも、数をカバーしきれない。
そこで行き着いたのが、毒物だ。こちらが持っていることをちらつかせるだけでも、相手は警戒くらいはするだろう。
こちらの目的は、あくまで逃亡までの時間稼ぎであり、徹底抗戦ではなくなった。その事も、敵にとっては予想の範疇外となり、計画に狂いが生じることになるはずだ。
だが、いくらゾムが優秀な兵士とはいえ、子供に長いこと負担を強いるわけにはいかない。
彼は怒るかもしれないが……
万が一の事を考える必要はあると思い、エーミールは電話を取った。
初夏の大原。
桜も散り、田植えも終わり、どこかのんびりとした日本の原風景。
草葉も生い茂り、命の鼓動を所々に感じる。
日本に来てから一年と少し。エーミールも日本の細やかな機微というものを、おぼろげながら感じ取れるようになってきた。
「エミさーん。Yさんとこで空豆もろたから、豆むき手伝ってもろてよろし?」
「いいですよ」
エーミールはレポートを書く手を止めて、ゆかりの呼ぶ縁側へと向かった。
「ずいぶんたくさんいただきましたね」
「ほら。前にエミさん、Yさんとこのお婆さん、病院送ってあげたやん?お婆さんえらい喜びはって、ぜひにって」
「ああ…。そんなことありましたね」
「エミさんも、一年ですっかり集落の一員やね」
「夏には国に帰りますけどね」
「せやったなぁ……。寂しゅうなりますわ」
「……ですね」
会話は一旦そこで止まり、二人は黙々と空豆を剥いていた。
「……ゆかりさん」
「なんですか?エミさん」
小声ではあったが、エーミールの声色にはどこか怒気が孕んでいたが、言われたゆかりは涼しい顔で応える。
「グルッペンの身辺調査、今すぐ中止してください」
「何のことです?」
鼻歌でも歌いそうな上機嫌な声で、ゆかりは空豆をむき続ける。
「貴女はアイツの真の恐ろしさを知らない。泳がされているうちは、まだいい。踏み込み過ぎれば、厄災は貴女だけではすまない」
「……エミさんならええ、言うことですか?」
「私と違い、貴女はしがらみが多すぎる。貴女に何かがあったら、教授やらんさんは?集落の皆さんは?」
「逆も然りや。貴女の行動次第では、周囲の人々に危害が及ぶ。今のゆかりさんには、その覚悟はあるんですか?」
「…………。空豆言うたら、ビール欲しいおすね。買うてきますわ」
「とにかく、頼みましたよ」
ゆかりが席を外しても、エーミールは手を止めず黙々と空豆をむき続けた。
耳をすませば、車が家の敷地内に入ってくる音。ゆかりが出るには早すぎる。誰かが来たのか。
「ゆかりさーん、久しぶりー。邪魔するでー」
「邪魔するなら帰って~」
「あいよ~。って、何やらすねーんw」
「あははーw グルさん、おひさ~」
「相変わらずお美しいですなぁ、ゆかりさんは」
「いややわぁ。京都の人間に、そないなお世辞とか言うて~」
「いやいや。お世辞ちゃいますて~」
あははははー。
呑気に笑う男女の声に、エーミールはため息をついた。
今はすでにグルッペンは伝(つて)を辿って、八雲家から出て別のところで暮らしているが、時折こうして遊びに来る。
殺すか殺されるかの瀬戸際においても、まるで客人のように訪ね、冗談を言って笑い合うという奇妙な関係。
エーミールもまた最大限にグルッペンに注意をしつつも、相変わらず関係は続けている。
表面上は仲睦まじいが、内部事情がいささか捩れまくった奇妙な関係。
こんないびつな関係が、いつまでも続くワケがない。いずれ終わりが来る。
それが早まるかどうかという、ただそれだけの話。
「エミさーん。グルさんビール持ってきてくれはったから、空豆茹でよかー」
「はーい。今、持っていきます」
エーミールはむいた分の空豆をザルに入れ、縁側を立った。
【SCENE 9 に続く】