7時。
起床を促すチャイムの音が響き渡る。
静かに目を開けた。
三畳の独居房。
ここが自分の生活空間であり、
終の棲家だ。
布団を決められた畳み方で寄せ、洗顔と掃除を済ませてから、正座で待つ。
7時半。
看守が独居房の前まできて、室内を確認する“開房点検“が行われる。
その後、通常であれば朝食となりドアについている30センチ四方の食器孔から食事が挿し入れられるはずなのだが、今日はそれがない。
「―――?」
疑問に思って見上げると、看守は無表情で言った。
「出房」
「――――」
ついに、その時が来た。
立ち上がり静かに頷いた。
廊下には5mと間を開けずに看守が立っていた。
その一人一人に会釈をしながら進むと、教誨室と書かれている部屋に通された。
何と書かれているのかはわからなかったが、神に祈る場所であることは何となくわかった。
部屋に入ると金色に輝く仏蔵の前に椅子とテーブルがあり、その上には質素なお菓子と書簡箋が置いてある。
「遺書は書くか?」
看守が事務的に聞いた。
ーーー事件から、気づけば1年が経過していた。
あの日の自分に、正当防衛は適用されず、裁判の末、三人の殺害の罪で、有罪の死刑判決を受けた。
控訴は、しなかった。
「―――読んでくれる人がいないので書きません」
そう言うと、看守は言葉に詰まった。
目の前に教誨師と名乗る男が座る。
「何か、話したいことはありますか?」
その言葉と言い方は優しかったが、少し考え、やはりそれにも首を振った。
次に通されたのは、また仏蔵のある小さな部屋だった。
青いカーテン。
きっとその向こう側には、ロープがぶら下がっているのだろう。
そう考えたら、ほんの少しだけ、恐怖を覚えた。
目の前に所長が立ち、封筒から取り出された大臣の命令書が、静かに読み上げられた。
手首には手錠がかけられ、頭には目隠しとなる布が被せられた。
シャッと短くカーテンが開けられる音がした。
首に冷たいロープがかけられる。
脳裏にあの顔が浮かぶ。
生涯でただ一人、愛した人の顔が―――。
―――君が代は。
なぜかその詩が胸に響いた。
願わくばその人が、
千代に、八千代に、
幸せでありますように。
足元の床が抜ける音。
それが、最後に聞いた音だった。
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