テラーノベル
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雨音が、やけに遠く聞こえた。
零号体は首を傾げたまま、涼架を見つめている。
『……ひがいしゃ』
言葉をなぞるように繰り返す。
まるで、知らない単語を覚える子供みたいに。
涼架はゆっくり息を吸った。
今でも怖い。
目の前にいるのは、人間の形をした災害だ。
それでも
この子もまた、壊された側だった。
「……君は」
涼架の声が震える。
「悪くない」
モトキが振り返る。
ヒロトも目を見開いた。
零号体だけが、静かに涼架を見ていた。
「君をこんな風にしたのは、施設だ」
『……しせつ』
「榊達だよ」
零号体の実験の中に涼架は入れてもらえなかった。
涼架は零号体が寝た後、こっそり檻の中に入って触れていたのだ。
零号体はそのことを知らない。
零号体の赤い目が、微かに揺れる。
断片的な記憶。
白い部屋。
眩しい光。
痛み。
悲鳴。
何度も刺さる針。
『……いたい』
小さく呟く。
ヒロトの胸が締めつけられた。
同じだった。
自分も。
モトキも。
痛かった。
怖かった。
零号体は頭を押さえる。
『やだ』
呼吸が荒くなる。
『やだやだやだ』
空気が震え始める。
床板が軋む。
ヒロトが後退る。
「っ、暴走する!」
涼架はすぐ零号体へ近づいた。
「大丈夫!!」
モトキが焦る。
「涼ちゃん!!」
「近づかないで!」
涼架は叫ぶ。
零号体の身体から、異様な熱が漏れ始めていた。
皮膚の下で何かが脈打っている。
暴走前兆。
施設で何度も見た。
このまま刺激すれば、周囲全部が壊れる。
零号体は苦しそうに頭を抱え込む。
『いたい……っ』
涙が落ちる。
赤い目から。
ぽた、ぽた、と。
その姿は、化け物というより。
壊れた子供だった。
涼架は震える手で、そっと零号体の頬へ触れた。
冷たい肌。
「……もう痛くない」
零号体が揺れる。
「もう誰も、君に注射しない」
『……』
「閉じ込めたりしない」
モトキは息を呑んだ。
涼架の声が、昔モトキを助けた時と同じだったから。
檻の扉を開けて
“ 一緒に逃げようか ”って言った時と。
零号体の呼吸が少しずつ落ち着いていく。
熱も弱まる。
ヒロトが呆然と呟く。
「……止まった」
暴走が
止まっている。
薬も使わず。
力でもなく。
言葉だけで。
零号体はゆっくり涼架を見た。
赤い目が揺れる。
『……なんで』
「え?」
『なんで、こわくないの』
涼架は少し黙った。
怖い。
本当は。
でも。
「君が、ずっと一人だったの知ってるから」
その言葉に。
零号体の表情が止まる。
一人。
その感覚だけは、はっきり覚えていた。
暗い部屋。
鎖。
誰も触れてくれない。
近づくのは痛みを与える人間だけ。
ずっと。
ずっと。
独りだった。
零号体の口が微かに震える。
『……ひとり』
ぽろ、と涙が落ちた。
「君はひとりじゃないよ」
涼架が抱きしめながらそう言った。
その瞬間。
外から轟音が響いた。
全員が振り返る。
山の下。
ライトの群れ。
何台もの車。
無線。
怒号。
モトキの耳が立つ。
「……やばい」
ヒロトが青ざめる。
「また来た……!」
しかも数が違う。
さっきより多い。
完全武装。
そして。
モトキの鼻が、別の臭いを捉える。
「……獣人」
涼架の顔色が変わる。
組織はついに、“実験体”を戦闘に使い始めた。
遠くから響く遠吠え。
人間じゃない声。
ヒロトが震える。
「なに、あれ……」
その時。
零号体がふらりと立ち上がった。
涼架が振り返る。
「……零号体?」
零号体は窓の外を見る。
静かに。
感情のない目で。
だが次の瞬間。
赤い目が細まった。
『……いや』
「え」
『あいつら、きらい』
空気が変わる。
ぞわり、と圧が広がる。
モトキの毛が逆立つ。
ヒロトが息を止める。
零号体の周囲だけ、重力が歪んだみたいだった。
そして。
零号体はゆっくり笑った。
今度は、さっきみたいな壊れた笑顔じゃない。
初めて、“怒り”が見えた。
『りょうか、いじめるから』
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unknown
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# omr _ .
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コメント
1件
わあ……第8話、すごく重くて優しいお話でしたね。涼架が零号体に向けて言った「君は悪くない」「もう痛くない」「ひとりじゃないよ」という言葉のひとつひとつが、壊れた子供のような零号体の心に届いていくのが切なくて。でも最後の「りょうか、いじめるから」で初めて見せた怒りの表情に、彼女の中で何かが変わり始めたんだろうなと鳥肌が立ちました。施設の兵器じゃなくて、ひとりの大切な存在として動き出した瞬間だったのかな。次がすごく気になります。