テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
旭がゆっくりと起き上がる。
その瞬間、腕を掴まれた。
万力のような力強さに、思わず声が漏れる。
「っ、痛……っ、なにすんだよ!」
「可愛ええ彼女がおって、幸せなんやろ?こっちはちゃう、失恋して死のうとしとったんや」
旭の目が、赤黒い光を宿して俺を射抜く。
「は?!そ、そんくらいで死のうとするとかアホやろ!」
「俺の気持ちなんか一つも分かっとらんくせに、カッコつけて正義面して……ほんまむかつく」
旭が俺の濡れたワイシャツの胸ぐらを掴んだ。
「っ……」
言葉が刃物のように突き刺さってくる。
「もうええ。お前みたいなやつに説教される筋合いはない」
旭はそう吐き捨てると、俺の手首を鷲掴みにした。
「おい……!何するんや!離せよ!」
抵抗しようにも、旭の力が強すぎて、力が入らない。
「黙れ。静かにしろ」
まるで別人みたいに低く響く声。
高校時代のあの人懐っこい笑顔が嘘みたいだ。
引っ張られるがままに歩くと、五分もしないうちに見慣れないマンションに辿り着いた。
玄関のドアが開いた瞬間、異様なほどの静けさが襲いかかる。
室内は必要最低限のものしかない、生活感のない空間だった。
「入って」
命じられるまま靴を脱ぎ、廊下を進む。
リビングに入ると同時に、旭が突然振り返った。
「幸輝はさ…〝幼馴染の俺〟のためなら命かけるっちゅうわけやろ」
皮肉に満ちた声。
睨みつけられたまま、壁際に追い詰められる。
「それは……」
「せやから俺のこと助けたんやろ?なら、責任取ってもらわんとな」
「はっ?せ、責任ってなんや」
「…簡単や、俺の家に住んで、俺の犬になってもらう」
「…は?な、なにワケわからんこと──」
瞬間、手首を掴まれて壁に背中を押し付けられ、俺の言葉を遮るように何か硬いものが唇を塞いだ。
濡れた生暖かい感触。
キス──?
慌てる間もなく舌が滑り込み、呼吸ごと絡め取られる。
「ちょっ、待っ───んんっ……!」
抗議の声すら吸い尽くされてしまう。旭の両腕ががっちりと肩を固定し、逃げられない。
こんなはずじゃ……
頭が真っ白になる直前に、旭がふっと口を離した。
銀糸が月明かりに照らされながら切れ落ちる。
「拒否権なんかあらへんで?俺の覚悟、台無しにした罰や思っとき」
冷たい笑みを浮かべる旭。
雨で冷えたはずの肌が、熱を帯びていくのが自分でもわかる。
心臓が早鐘を打ち、喉がカラカラになった。
もう、そこにいるのは俺の知っている「優しい旭」ではなかった。
得体の知れない恐怖が、体からじわじわと這い上がってくる。
それでも俺は、反射的に首を縦に振って、震える声で言葉を紡いだ。
「わ、分かったわ。お前の言う通りにする…っ」
その瞬間、旭の表情が初めてゆるんだ。
「ほんま?うれしいわ」
優しく頭を撫でてくる仕草は、昔のままで。
だけど、その瞳には底の知れない闇が揺らいでいるようだった。