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自然への回帰を感じさせる木目調の店内は、スピーカーから流れる滝の音と小鳥の囀りが支配していた。
店内には幾らかの客もいて、其れ等は皆神妙な面持ちをしながら並べられた服に見入っていた。
そこにあったのは落ち着きというには烈しく、苛烈と云うには荘厳な自然への賛美だった。
僕はこの雰囲気が好きだ。
昨今ではヒューマニズムの煽りを受けてさも人間が世界の中心のようになっているが、それは自然から生まれた身としては有り余る程の僭越ではないか。
小中学校では大地讃頌が歌われるらしいが、その姿勢こそが正しいと言えるのではないか。
何も自然に戻れとは言わないが、少しはそれらに敬意を持ったほうがいいと思う。
大国が血眼にして求める世界の覇権はその後でいいのではないか。
まあ、そんなこと言ったって、一小市民の僕には何もなす術がないわけだから、こうやって世界の片隅で不信感を持つにとどまるわけだが。
で、決まった?
僕は隣の三枝に目を移す。
「決まったってあんたねぇ……服っていうのはそうやって矢継ぎ早に選ぶものじゃないの。まだ15分くらいしか経っていないじゃない」
へぇ、僕としてはその15分の間に既に倦怠感が発生し得ているのだけれど。
「そうやって軟弱だからモテないのよ。もっとシャキッとしなさいよ」
それは先日母親にも言われた。まあ、聞いてやるつもりはないが。生憎僕は寝るのに忙しくってね。
「どうだか」
彼女は呆れたように言葉を切る。
呆れたように、と言うからには肩をすくめて見せているわけで、わざとらしくため息をついているわけで、それには当然僕も何らかの苛立ちが発生し得るわけだから、まあつまりムッとして外方を向く。
しかし、彼女はそんな僕をまるで児戯に浸っている童の如く鼻で笑うと、2着の洒脱な服を、どこか飄々とし、瀟洒とでも言うべき彼女に似合いそうな服を僕の前に持ってくると、こう言った。
「私にはどっちがいいかわからないからあんたが決めなさい」
その顔は上気していて、目は宙を彷徨い何物をもとらえず、さも僕に恋慕しているかのような、囁くような言い訳にどことなく愛らしさを感じた僕は、諾なってしまった。
その実、僕はファッションなどこれっぽっちも興味がない。
僕はファッションについては完全の無知蒙昧であるのだ。
つまりどういうことか。
どうやら僕は答えだけを出し抜けに言うのは避けるきらいがあるようで、回りくどく感じたかもしれない。
だったら今ここで断言してやろうではないか。
僕は、そのファッションへの不得手から彼女、三枝の大顰蹙を買う可能性があるのだ。