「味についても、そう言ってもらえたらいいんだけど。さ、召し上がれ。花も全部食べられるよ」
「はい、いただきます」と手を合わせて、フォークを手にした。
料理はどれも最高においしかった。
見た目も高級ホテルのアフタヌーン・ティーにまったく引けを取らない。
セイヴォリーには枝豆のテリーヌや小エビとディルのワンスプーン、サーモンとサワークリームのクラッカー、チキンハム。
紅いもモンブランや桃のギモーブ、シャインマスカットのタルト、とスイーツも充実していた。
それらのどのお菓子も、野菜や果物、豆乳クリーム、ココナッツシュガーやメイプルシロップなどを用いたマクロビ仕様だったけれど、普通のお菓子と比べても遜色ないおいしさだった。
「お世辞抜きで本当に美味しい。ダイエット用だとは思えないですよ。これ、絶対、話題になりますね」
「スイーツ好きの優ちゃんにお墨付きをもらえれば、一安心だ。今日のご褒美、本当はケーキにしようかとも思ったんだけど、今、食べちゃうとよけいに我慢できなくなるかと思ってね」
「うん、ケーキじゃなくて良かったです。抑えている分、絶対、反動が来るから」
贅沢すぎる午後のひとときだった。
地上を走る車の騒音は聞こえていたけれど、やかましいほどではない。
屋根を通した光が柔らかく、テーブルを包んでいる。
どこから飛んできたのか、鳥の囀りも聞こえる。
そして目の前にいるのは、くつろいだ顔でフルートグラスを傾けている玲伊さん。
本当の本当に夢のようで、まるで現実感がない。
そして、こんな素晴らしい時間を過ごしているのに、いや、素晴らしい時間だからこそ、わたしの心の内はすぐに切なさがこみあげてくる。
こんなに近くにいるのに、彼がけっして手の届かない存在だと思い知らされて。
でも、顔に出したらいけない。
なぜか玲伊さんには、すぐに見破られてしまうし。
暗い顔なんか見せたら、こんな素敵な機会を提供してくれた玲伊さんに申し訳なさすぎる。
わたしはフルートグラスを手に取って、ぐいっと一口飲んだ。
急激にアルコールが回り、頬が火照ってくる。
玲伊さんもグラスをあけて、2杯目をついでいる。
「昼から気持ちよく酔えそうだ。それも休日の醍醐味だからな。鳥が鳴いてるね。鳥だけじゃなくて、こんな屋上にも、たまに蝶や蜂がやってきたりするんだよ」
ワインのせいか、彼はいつもよりもさらに饒舌だ。
「そうなんですね。でも、ここがこんなに緑豊かだなんて思いもしませんでした。下から見ただけじゃ、わからないものですね」
「忙しくてなかなか散歩にも行けないから。だからせめてもの慰めに屋上緑化したんだよ」
「本当に素敵」
「ここで、何度かガーデン・パーティーしたこともあるよ」
きっと、そこに集う人たちは、玲伊さんみたいにきらめいている人ばかりなんだろう。
そのことが脳裏をかすめ、また、切なさの波に覆い尽くされる。
彼の世界とわたしの世界は、絶望に打ちひしがれてしまうほど、違う。
「ここでパーティーなんて、映画とかドラマそのものです……ね」
今度はごまかしきれなかった。
つい、固い声でそう言い、表情を曇らせてしまったわたしに気づいて、玲伊さんは静かに問いかけてくる。
「ねえ、どうしてなんだ。楽しく過ごしているときに限って、優ちゃんはときどき、たまらなく寂しそうな顔をする」
「ごめんなさい」
「謝ることはない」
そう言って、彼はゆっくり首を振る。
「玲伊さん……」
「ただね、その寂しさの正体を突き止めたくなるんだよ、いつも」
それは……
玲伊さんが優しすぎるから。
そう告げたら、彼はどんな顔をするんだろう。
玲伊さんに優しくしてもらうと、この上なく嬉しい。
でも、同時に身が引き割かれそうになるほど、つらくなる。
自分が彼の〈妹ポジション〉にしか、居られないことが。
「なんでもないです。ごめんなさい。玲伊さんがせっかくご褒美を用意してくれたのに」
「だから、謝るなって」
玲伊さんは手を伸ばし、わたしの頬にそっと触れた。
「優ちゃんの寂しそうな顔を見るたびにたまらない気持ちになる。そして、どうしてもその傷を癒してあげたくなるんだ」
「そんなに……優しくしないでください」
眼の縁に涙がたまってきて、すっと頬を流れ落ちた。
もう限界だった。
玲伊さんを好きになりすぎた。
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