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「……え?」
「十年間ずっと、僕は山岡さんが好きです」
「えっと、意味がよく分からない……きみが好きなのは女の子じゃないの?」
「そんなこと言いましたか?……十年間、僕は見てきました。あなたの癖とか、喋り方、好きなもの、吸ってる煙草、何に喜んで何に悲しむのか、そういうのをもっと知りたいと思う、知った上で、僕はあなたにやさしくしたい。
独り占めしたいとか、キスしたいとか、やりたいとか、本当はいろいろあるけど、我が儘は言いません」
まるで、気が付かなかった。同じ大学を出て、毎日顔を合わせ、頻繁に出かけて、たくさん話をした十年、彼がどうして僕と一緒にいようとするのか、僕は少しも考えようとしなかった。
「ご、ごめん」
「……そうですか。あの、やっぱ飲んでいいですか」
「あ、いや、そういうことじゃなくて……」
愛の告白をされることなんて初めてじゃない。それなのに僕は中学生のように慌てふためいている。
「ごめん、後でメールするからその話は」
「メールなんか嫌です。僕は面と向かって言ったんだ。だから、あなたも僕にそうする義務がある」
彼が言い終わると、僕と彼の周りに薄い膜が張られてその他の雑音はすべて世界から消え去ってしまった。僕は自分にも彼にも正直であらねばならない。誠実である必要性がある。なんら嘘のない、まっさらな言葉を探した。彼は「断られるのは、僕が悲しいから嫌です」と続けた。「でも、あなたに嘘をつかれるのが、一番嫌です」。
「……今までつらかったろ」
「……はい」
「わかるよ」
「……すみません。飲みます」
酔っぱらって店を出た後、路地裏でキスをした。アルコールの匂いがする。僕の唇が乾いていて、ちょっと痛かった。もう一度キスをしたあと、足元のおぼつかない彼の体重を感じた。
「なんで抵抗しないんですか」
僕は答えない。
「あんたは、ひどい人だ。俺、あんたのこと嫌いです」
「そっか」
「もう嫌いなので、早く帰ってください」
「そうする」
ふらふらしながらへたりこんで、膝に顔を埋めてしまった山本くんの隣に座ったのは、けして嘘でも、同情でもない。
「たったひとつだけでいいんです」
「何が?」
「大切に思えるもの」
彼の涙声に心がぎゅっとなる。だから僕はその夜、家には帰らなかった。