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第七話「隣にいない春」
次の日。
教室に入った瞬間、空気が少しだけ違った。
理由は分かっている。
昨日の、あのやり取り。
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視線を上げる。
みゆきは、もう席に座っていた。
いつもと同じ場所。
同じ景色。
なのに――
何もかもが違って見える。
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「おはよ」
近くのやつが声をかけてくる。
「ああ」
適当に返す。
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みゆきとは、目が合わなかった。
いや、合わなかったんじゃない。
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合わせなかった。
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いや。
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合わせてもらえなかった。
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それが正しい。
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席に座る。
視界の端に、みゆきがいる。
でも、もうそこに“繋がり”はない。
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(……こんなに簡単に終わるんだな)
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自分でやったことなのに、どこか他人事みたいに感じる。
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授業が始まる。
先生の声が響く。
黒板に文字が並んでいく。
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何も頭に入らない。
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ただ一つだけ、気になることがある。
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みゆきが、一度もこっちを見ない。
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前は、よく目が合っていた。
何でもない瞬間に、ふと視線が重なって。
どっちかが笑ったりして。
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そんなことが、当たり前だった。
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(……もう、ないのか)
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胸の奥が、じわっと痛む。
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昼休み。
いつもなら、自然と一緒にいた時間。
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みゆきは、別のグループで笑っていた。
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その光景に、少しだけ安心してしまう自分がいた。
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(…そっちの方がいいよな)
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俺がいない方が、普通に笑えてる。
その方がいいに決まってる。
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そう思うのに。
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(なんでだよ…)
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目を逸らす。
見ていられなかった。
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放課後。
チャイムが鳴る。
みんなが一斉に立ち上がる中で、みゆきもすぐに席を立った。
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目も合わせずに、教室を出ていく。
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昨日までなら、少し待ってくれていたはずなのに。
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それすら、もうない。
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(徹底してるな…)
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苦笑が漏れる。
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でも、それでいい。
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(それでいいんだよ)
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自分に言い聞かせる。
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(あいつは、もう俺のことなんて――)
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そこまで考えて、やめる。
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帰り道。
一人で歩く桜並木。
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風が吹く。
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花びらが、ひらひらと舞い落ちる。
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去年は、隣にいた。
当たり前みたいに、隣に。
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何を話してたかなんて、覚えてない。
でも、笑っていたことだけは覚えてる。
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(……バカだな)
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全部、自分で手放したくせに。
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ポケットの中で、スマホを握る。
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開かない。
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開いたら、きっと何かを期待してしまうから。
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夜。
部屋に戻って、ベッドに倒れ込む。
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静かすぎる。
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(……これでいい)
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そう思う。
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(これで、あいつは普通に戻れる)
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俺がいない日常に。
俺に縛られない日常に。
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それが一番いい。
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そう、思っているのに。
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(……会いてえな)
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小さく、呟く。
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返ってくるものは、何もない。
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ただ、胸の奥だけが痛む。
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窓の外を見る。
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桜が、少しずつ散り始めていた。
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満開のままじゃいられない。
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どれだけ綺麗でも。
どれだけ続いてほしくても。
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終わるものは、終わる。
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(……俺たちも、か)
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その言葉は、誰にも届かずに消えた。
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春は、まだ終わっていないのに。
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二人の時間は、もう戻らなかった。
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